■入選■
「ライフ・アンド・タイムズ‐エピソード1」を見て
渡邊 敏
工場の制服みたいなグレーのワンピースに、赤いスカ-フを身につけた女の人が3人、音楽に合わせて膝屈伸でリズムをとりながら語り、歌う。内容は、一人の女性の子どもの頃の思い出だ。延々三時間、ずーっと子どもの頃のささいなエピソードが語られていく。
ニューヨークの劇団だそうなのに「ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマ」という田舎な感じのする名前に魅かれて、ミュージカル「ライフ・アンド・タイムズ」を見た。
背景に白い垂れ幕があるだけの舞台に、赤いスカーフと、時々赤いボール、黄色の投げ輪といった明るい色が持ち込まれる。軽やかで、ユーモラスな色彩感覚。彼女たちのズック靴も、さりげなくグレーと赤のコンビだ。色づかいだけでなく、この控えめなユーモア感覚は至るところに感じられた。
たとえば、「ミュージカル」と聞いて、超絶技巧のダンス、驚異的な歌唱力、主役は美男美女・・・と連想していたけれど、この劇団はちがっている。私でもやれそうな、ラジオ体操みたいなダンス。そのダンスも、あまりキマッていない。タイミングが何となくずれていて、それもおかしい。
主役の女性3人と男性3人は、太っていたり、小柄でやせっぽちだったり、中年でお腹が出ていたり、髪が薄かったりする。「ごく普通」の感じの人たちが舞台にいる。そして、観客を感動させようとか、何かを訴えようというより、自然体な様子で、でも楽しそうに演じている。
音楽も、感動を呼ぶような類いのものではなくて、親しみやすいメロディーを劇団の人たちがキーボードやフルート、ウクレレ(?)で弾いていた。(それもやっぱり、真剣に、というより手作り感が感じられる、楽しそうな弾き方で。)
見始めてすぐ、この人たちと友だちになりたいと思った。終わった時には、「ありがとう」と言いたかった。こんな気持ちになったのは、去年静岡の町で見た大道芸以来だ。その、日本語が上手な外人の芸人さんからは、人を喜ばせたい、楽しませたい、愛みたいな気持ちが伝わってきた。「オクラホマ」の人たちからも、そういうあたたかさとユーモアを感じた。
ふつう、お芝居も映画も、語られるストーリーに意味があって、私たちはその中に入り込むことで何かを得るが、この作品は題材の選択やその見せ方に意味があったように思う。
観客は、一介の女性の子どものころの思い出を、延々と聞き続ける。語られるエピソードは、両親や、仲良しの友だち、人の家に遊びに行くのが好きだったこと、兄弟で変な名前のバンドを結成したこと、教室でおもらししたこと・・・などなど。電話で語った話を録音して、そのまま台本に使ったそうで、「Um(えーと)」とか「like(~みたいな)」といった口癖が頻出する。台所でコーヒーとドーナツでも食べながら、女ともだちの話を聞いているような気がしてくる。
ごく普通の人の話を、普通の感じの人たちが、あまりカッコよくなく、でも心がある感じで演じているのが、このお芝居のテーマかと思う。
「幸せになるには、人よりもきれいでカッコよくて、才能がなくちゃ」という現代の信仰に近い思い込みに、NO!。別にフツーでいいじゃない、と言うより、フツーの人の中にあるすばらしいものに目を向ければ、幸せに生きられる。心のあたたかさとか、大らかさ、ユーモア。一言でいうとヒューマニティー。誰もがもっているものをお互いに贈りあえば、こんなにも楽しい。
そして、人と接するときは、鎧をまとわずオープンな心になること。女性たちは胸もブンブン揺れちゃっているし、フトモモや、時にはパンツも見えちゃうのは、そういうことだと思う。空気を読んだり警戒したりせず、心を開いて素直に語り合うことができれば、幸福を感じられる。
それから、人に敬意をもつこと。思い出を語った女性の口癖をそのまま生かしたり、話をはしょったりしないで延々三時間を費やすことの意味は、敬意だと思う。それで、お芝居のラストで、男性が舞台に直立して、訴えるように語っていたあの真剣さも、同じことだと思う。「フツーの女性のフツーの話」は、実はすごいことなんだ、本当にすごいことなんだ、というメッセージ。ヒューマニティーの全面肯定。ヒューマニティーに対して大きなYES!。
疎外や孤独。この作品は、日本を含め、いわゆる「先進国」で不幸のもとになっているものへのクスリだと思う。でもそのメッセージがあたたかくつつましやかに語られているところに作者の知性が感じられる。それゆえに信じる気になれる。
終演後、演出家とのQ&Aがあった。バヴォル・リシュカ氏とケリー・コッパー嬢。聞きたい気もしたけれど、この幸福感に純粋にひたりたくて、出てしまった。ちらっと見たケリー嬢はTシャツに短いデニムのスカート、髪にスカーフを巻いたきれいな人だった。パンフレットを見たら、頭に青い鳥や花を飾った彼女の写真があった。すてきだ。また幸せな気持ちになった。