2018年7月28日

秋→春のシーズン2017■入選■【オセロー】小長谷建夫さん

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オセローを脇役にしたミヤギ能

 能について特段の知識を持ち合わせているわけではないが、能が人間の身体の動きや表情、言葉を極力削り取り、それによって登場人物の思いや執念を滲み出させ、その運命を浮かび上がらせようとしている・・・のではとの推測ぐらいはできる。原料の米を削りに削った吟醸酒のようなもの、というほど単純なものではなさそうだが。
 竹内昌子氏によれば、能は「西洋演劇の常識を、平気な顔で覆してしまう演劇形態」だとのことである。確かに一人の人物の台詞が複数の人間によって語られたり、長い旅路がほんの数歩の仕草で表されたり、黒子(後見)が堂々と登場したりする能は、演劇空間を一生懸命現実に近づけるよう努力している者にとっては、なんとも不可思議な存在なのであろう。そう言われれば、そんな能に見入る観客が、その仮想世界に「平気な顔をして」自らを没入させていけることの方が不思議にも思えてくる。
 欧米の演劇や小説は概して、言葉や理屈を次々と執拗に、またはエネルギッシュに積み重ねていくのが多い。そしてその果ての結論に辿り着くまでに、我々日本人は、いやその中の一員である私などは疲れ果ててしまうのである。
 片や能は、悲しみや苦しみ、愛憎や嫉妬といった情念を増幅させるためか、動きや言葉だけでなく、理屈を排し、筋立ても限りなく単純化させていく。これはこれで観劇者はかなり疲れるのだが。
 さて「ミヤギ能 オセロー~夢幻の愛~」において、宮城聰は西洋演劇を代表するシェイクスピア悲劇に、まったく相反するような能の、それも夢幻能の形式から解釈を加え、一体なにを我々に訴えようとしたのか。興味の尽きぬ観劇となった。
 舞台は能舞台である。いや能舞台に近似したものといった方がいいのかもしれない。橋掛かりや本舞台は同じだが、老松の鏡板も柱もない。結論から言うと、私はこの空間で確かに一つの魂が昇天していくのを見たのだ。
 橋掛かりから能の運びによって登場するのは旅の僧だ。サイプラスの島を訪れた僧は、戦争によって娼婦や奴隷にされた女たちの嘆きを聞く。女たちが去った後、僧の前に現れるのが夫のオセローによって絞殺されたデズデモーナの霊魂だ。霊は僧に弔いを願い消える。
 その後間狂言によって、オセローとデズデモーナが周囲の反対を押し切って結婚したこと、部下のイアーゴの策謀によってオセローがありもしない妻の不倫を疑い始めることなどが演じられる。
 再びデズデモーナの霊が現れ、その苦しみに満ちた最後を自らが演じ、語り終わると同時に狂ったように舞い、冥界へと消えてゆく。
 シェイクスピアがこの芝居で表現したかったところは明らかに、オセローが妻への不信に至る過程と、取り返しのできない愚かな行為の後真実を知った時のオセローの苦しみ、自らへの怒り、そして絶望であろう。観客はハラハラ経過を見守り、その結果に対し、ある者は主人公とともに絶望し、ある者は「言ったことじゃない」と溜飲を下げるのである。
 ミヤギ能においても、この一部は、オセロー演ずる阿部一徳とイアーゴ演ずる大道無門優也によって凝縮された間狂言として展開された。そこにおける阿部オセローは圧倒的な存在感があった。何者にも動じない軍人は、しかしイアーゴの巧みな讒言についにはわずかな心の揺らぎを見せ、その結末を予感させる。まことに見事な場面であった。
 しかしこれはこの芝居においては伏線の一つに過ぎない。原作のサビの部分、演出家の誰もが食指を動かすこの場面を単なる序章とした宮城の意図は何だったのか。
 明らかにそれは、愛する夫に誤解されたまま殺されたデズデモーナの魂の救済にあった。
 僧の前でデズデモーナの霊は、嫉妬に狂った夫、オセローの手により絞殺された場面を自ら語り演ずる。この霊にとって恨めしく悲しいのは、死んでなお貶められ続ける自分の運命である。決して夫を恨んでいるわけではない。佞臣の讒言を信じてしまった夫の愚かささえも恨もうとはしていない。デズデモーナには、夫の激しい嫉妬を知れば知るほど、それは深い愛のためだと思わざるを得ないのだ。鎧で覆った黒い手を胸に抱くデズデモーナ役の美加理は、限りない悲しみと溢れる愛を演じきった。
 圧巻は、思い出を僧に語り終わった後、激しく舞い始めるデズデモーナの姿である。語り終えてもなお払い切ることのできない現世の苦しみや悲しみ。それらを振るい落とすかのように回り続けるデズデモーナ。鼓舞するかのような打楽器が悲しみを増幅する。霊魂が舞い終わり橋掛かりの果て、冥界へと引き込まれていく時、一瞬戻ろうとするのは、癒しきれない恨みゆえか、それとも悲しくも美しい愛への未練ゆえだろうか。
 夢幻能の形式でしかあり得なかった魂の救済。癒しのための聞き手は旅の僧であると同時に、私たち観客であったことは間違いない。数間四方の能舞台は限りなく広がっていたのである。