劇評講座

2022年9月8日

SPAC ふじのくに⇄せかい演劇祭2022■選評■SPAC文芸部 大澤真幸

カテゴリー: 2022

 ふじのくに⇄せかい演劇祭2022は、三年ぶりに海外からの劇団を招聘した、ほんとうのせかい演劇祭となった。劇評コンクールへの応募数は全部で28と、たいへん多かった。上演したすべての作品に対して、劇評の応募があった(最も応募数が多かった作品は、今年のSPACの新作『ギルガメッシュ叙事詩』であった)。応募数からも、また個々の劇評にこめられた熱意の大きさからも、コロナ禍の中にあっても――いやむしろコロナ禍であればこそなおさらなのかもしれないが――、いかにたくさんのファンがなまの演劇を楽しむ機会を強く欲していたのかが示されたように思う。 
 最優秀作と優秀作に関して、評価のポイントを記しておく。
 最優秀作に選んだのは、泊 昌史さんによる『ギルガメシュ叙事詩』を論じた劇評。この劇評は、学問的といってもよいレベルの分析的な態度において際立っていた。『ギルガメシュ叙事詩』は、古代メソポタミアの物語だが、泊 昌史さんは、伝承されてきたこの叙事詩のテクストとSPACによる上演とを比較し、三つの微妙な違いを見出している。そして、これらの原作との差異を媒介にして、上演の表現上の強調点を抉り出してみせる。原テクストとのこうした緻密な比較は、演劇を深く理解するひとつのやり方である。
 優秀作のうちのひとつは、「ことだまがひらかれるとき」というタイトルをもつ、前田 哲さんの『ギルガメシュ叙事詩』評。前田 哲さんは、観劇しながら、そしてまた、広場トークでの宮城聰の発言にも導かれながら、ことばと身体の間のねじれた関係のようなものについて考えている。「深淵」ということばを、「し・ん・え・ん」という意味を剥落させた「こと」の音の連なりへと分解する場面に関して、「堅く織り込まれた身体の生地がゆるやかにその音の振動でほぐされていくような感覚」と記す。見事な表現である。
 もうひとつの優秀作は、安間 真理子さんによる『星座へ』の劇評である。『星座へ』は特殊な野外劇である。観客は、十人程度のグループに分かれ、ガイドに連れられて、闇の中、山中を歩く。その過程で、観客は、山中に配置された九名のパフォーマーのうちの三名に出会い、パフォーマンスを観ることができる。『星座へ』は、パフォーマンスを観るより前に、山に足を踏み入れたときにはもう自分は作品の中に入り込んでいた、と観客が後で気づくように構成されている。安間 真理子さんは、『星座へ』という作品のこうした本質をよく理解し、上演のやり方を体験にそってていねいに紹介しつつ、それぞれの局面でわいてきた感想を繊細に記している。