2017年10月13日

秋→春のシーズン2016■優秀■【サーカス物語】平井清隆さん

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 暗がりの中、朗読の声を掻き消けさんばかりの轟音が響く。悪魔の咆哮にも似たその轟きは、サーカス小屋を取り壊そうとする建設機械の音だ。朗読の声も負けじと力強さを増しながら続く。「エリを真中にして守るようにぎゅっと寄り添って立つ。機械の騒音が耳を聾するまでに高まる」。

 インドネシア出身のユディ・タジュディン演出の『サーカス物語』(原作ミヒャエル・エンデ)は、物語の最後の場面から始まる。観客は緊張と不安に包まれ、物語世界へと引きずり込まれる。引波に浚われる足元の砂の様に、現実と言う立ち位置が不確かな幻の如く消えてゆく。 続きを読む »


秋→春のシーズン2016■入選■【東海道四谷怪談】平井清隆さん

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 中野真希演出の『東海道四谷怪談』(以下『四谷怪談』と略す)は「怪談」と言ってよいのか。観劇しながらそんな思いが頭をよぎった。

 あらすじは周知の通りだ。お岩が夫・伊右衛門に惨殺され幽霊となり復讐を果たす、と言うもの。日本の代表的な怪談の一つだ。しかし、怖い場面よりも、圧倒的にコミカルに笑う場面の方が多いのだ。伊藤家の乳母・お槇が伊右衛門の元を訪れる下りで、捕らわれていた小仏小平を隠すところなど、まさしくコントそのものだ。伊右衛門とお槇、伊藤喜兵衛とその孫・お梅の四人で、如何にしてお岩を排除しお梅を後添えにするかと言う悪巧みをめぐらす場面もしかりだ。企みのあくどさとは対照的に笑いが満載なのだ。場面だけではない。悪人であるはずの伊右衛門とて、人非人と非難をしたり憤りを覚えたりと言うよりも、漫才にツッコミを入れたくなるような風情に描かれている。終盤の小塩田又之丞も絵に描いたような正統派の武士であるが、それが却って可笑しみになるように描かれている。 続きを読む »


秋→春のシーズン2016■入選■【東海道四谷怪談】丞卿司郎さん

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なぜかダークヒーローに共感する瞬間

確かに主役である伊右衛門は文句の言いようのない極悪人だ。
しかし舞台を観終えて、なぜか不思議と憎めない一面がある。
その理由は何だろうと考えていた。

『東海道四谷怪談』は皿を数えるお岩の科白で知られる怪談芝居『番町皿屋敷』を下敷きに描かれている。
四谷怪談とまったく無関係な赤穂浪士の討ち入りを絡め、忠臣蔵の外伝という形を取っているのは、この怪談の原型である『播州皿屋敷実録』の舞台となった播州にかけたものだと思われる。

江戸時代当時、表向き、芝居や読み物で武家物はご法度とされていた。
町人が武家について言及することは禁じられていたからだ。 続きを読む »


秋→春のシーズン2016■入選■【高き彼物】宮川ぶん学さん

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高き彼物。過去の適切な家族の風景を通じた未来への演劇人への大ヒント

 グランシップ楽日に観覧にて、練度上積み補正あるも、確かな名作。

 今作は1978年静岡県川根町。猪原家という家族の猪原正義という元英語教師の再婚にまつわる物語である。
再婚の話題に上がるのは野村市恵という国語教師。そして、藤井秀一という、友人をバイク事故で、自分の責めで失ってしまった負い目と受験に悩む高校生。また、正義の娘、智子の献身と彼女自身の縁談の話。
そして、その智子の縁談が発展して、正義自身の負い目も救済され、物語は統一を見る。

 ネタバレになるため、今作に現れる、【ボーイズ・ラブ】については、あえて触れないほうが、今作の威厳にふさわしい、【言い過ぎない】凛とした劇評となろうかと思う。 続きを読む »


秋→春のシーズン2016■入選■【冬物語】小長谷建夫さん

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凍てつく冬を融かす春の日差しのように

 気高く美しい王妃の臨月近いお腹に、夫でもない男の手が触れた。いや触れそうになった。まさか触れるはずがないが、男の手はまた、高貴な命の宿る柔らかな王妃のお腹を撫でるように動いた。いやそう見えただけだろう。あり得ないことだ。あり得ないが、あの二人の態度はなんだ。顔を近づけ笑い合い、そしてその男の手がまた・・・
 妻の王妃ハーマイオニと親友のボヘミア王ポリクセネスの二人の様子から、シチリア王リーオンティーズの胸に生じた不義への疑惑は、どんな観客の予想をもはるかに超えるスピードで増大する。小さな疑念は、たちまちのうちに凝り固まった確信に昇格し、小さな嫉妬は、永遠に続くと信じていた愛や友情を憎悪へと醜く変貌させる。その憎悪が復讐の念に姿を変えるのは、それこそほんの瞬間の出来事だ。まるで雪山の頂上の凍った梢から欠け落ちた小さな氷の一片が、昨夜積もった雪を蹴落とし、その下の積み重なった万年雪まで動かし、あっという間に谷間を揺るがす大雪崩となるように。 続きを読む »


秋→春のシーズン2016■入選■【真夏の夜の夢】五感さん

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 五感に訴えかけてくる演劇、というものをはじめてみた。
 演奏、役者のからだの動き、声、表情、舞台装置のはたらきはもちろんリアルだが、SPACの真夏の夜の夢からは、そこにないはずのにおい、温度までをもリアルに感じる。
 そのとき舞台で展開されている草や土や木の少し湿ったようなにおい、雨のにおい。登場人物の呼気や照明の温度。今このとき生きているものの気配が、むき出しになって吹きつけてくる、そんな感触がある。そして、それらはきれいに、舞台に溶け込んでいた。 続きを読む »


秋→春のシーズン2016■選評■SPAC文芸部 大澤真幸

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 2016秋→春のシーズンの劇評コンクールに対しては、19本の応募がありました。観劇の感動を文章にしてお送りくださった応募者の皆さんに、お礼申し上げます。以下、劇評コンクールの講評を記しておきます。
 まず、19本の劇評が、どの作品を対象にしていたかの分布を見ますと、『サーカス物語』への劇評が1本と少なかったことを別にしますと、どの作品——『東海道四谷怪談』『高き彼物』『冬物語』『真夏の夜の夢』——に対しても4~5本と、平均的に応募がありました。しかし、入選以上の劇評は、一部の作品に、特に『高き彼物』に偏りました。この偏りは、『高き彼物』が観客に伝えようとしているメッセージが、他の諸作品より分かりやすかったからだと推測されます。全体として、原作者や演出家が明示的・自覚的に言おうとしていることを解説するというレベルを超えた、批評性をもった分析や解釈になっている劇評は、残念ながら、たくさんあったとは言えません。 続きを読む »


2017年9月19日

ふじのくに⇔せかい演劇祭2016 劇評コンクール 審査結果

ふじのくに⇔せかい演劇祭2016の劇評コンクールの結果を発表いたします。

SPAC文芸部(大澤真幸、大岡淳、横山義志)にて、応募者の名前を伏せ全応募作品を審査しました結果、以下の作品を受賞作と決定いたしました。

(応募数22作品、最優秀賞1作品、優秀賞1作品、入選7作品)

(お名前をクリックすると投稿いただいた劇評に飛びます。)

■最優秀賞■ 
柴田隆子さん【もう影法師はいらない? 〜オン・ケンセン『三代目、りちゃあど』】(『三代目、りちゃあど』)

■優秀賞■
田鍬麗香さん(『少女と悪魔と風車小屋』)

■入選■
小長谷建夫さん【アジアのごった煮の味はいかが】(『三代目、りちゃあど』)
三木春奈さん【ありもせぬ影】(『三代目、りちゃあど』)
伊澤拓人さん(『イナバとナバホの白兎』)
吉田美音子さん(『アリス、ナイトメア』)
蒼木翠さん【残され(る/た)父 ~Seuls】(『火傷するほど独り』)
番場寛さん【エディプスの孤独としての「火傷するほど独り」】(『火傷するほど独り』)
西史夏さん(『火傷するほど独り』)

■SPAC文芸部・横山義志の選評■
選評

ふじのくに⇔せかい演劇祭2016 作品一覧
『イナバとナバホの白兎』(演出:宮城聰)
『三代目、りちゃあど』(演出:オン・ケンセン 作:野田秀樹)
『少女と悪魔と風車小屋』(作・演出:オリヴィエ・ピィ)
『ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ』(演出:ウィリアム・ケントリッジ 製作:ハンドスプリング・パペット・カンパニー)
『火傷するほど独り』(作・演出・出演:ワジディ・ムアワッド)
『It’s Dark Outside おうちにかえろう』(作・演出:ティム・ワッツ、アリエル・グレイ、クリス・アイザックス)
『アリス、ナイトメア』(作・演出・出演:サウサン・ブーハーレド)


ふじのくに⇔せかい演劇祭2016■最優秀賞■【三代目、りちゃあど】柴田隆子さん

もう影法師はいらない? ~オン・ケンセン『三代目、りちゃあど』

 様々な参照先を示唆する引用の断片が、裸舞台に繰り広げられる。舞台芸術が「引用の織物」であることを端的に示しながら、オン・ケンセン演出『三代目、りちゃあど』は文化の多様性、多数性の中でのコミュニケーションの可能性を問う舞台であった。
 1980年代の日本の観客に向けて野田秀樹が執筆した本作は、異なる時代や地域の文化が入れ子構造に反映されているテクストである。15世紀半ばの薔薇戦争を素材にした、16世紀後半の戯曲『リチャード三世』を下敷きにした物語は、作者であるシェイクスピア自身を被告とする裁判をめぐって進行する。己が野心のみを追い求める、極悪非道な「せむし」で「びっこ」の「リチャード三世」というキャラクター像は、時流に擦り寄る劇作家の歴史の歪曲、捏造であると彼の作中の登場人物が告発するのである。「創作」するという劇作家の行為そのものが主題となり、薔薇戦争やシェイクスピアの作品を緩い参照項に、創造者の苦悩が疾走感を伴った言葉遊びと共に語られる。 続きを読む »


ふじのくに⇔せかい演劇祭2016■優秀賞■【少女と悪魔と風車小屋】田鍬麗香さん

 小さな手をひいて、劇場へ向かう。森の中にある空の見える劇場。夕刻、暗くなる少し前に華麗な音楽と共にその物語がはじまった。繰り返されるメロディ、打ち鳴らされる太鼓のリズムは独特の高揚感を煽り、観る者をまるで飲み込むように物語の世界にさらっていく。「舞台小屋」一度も訪れたことのないその場所に抱くイメージと重なる。そこはとても親密で小さな空間、人々は息をのんで舞台を見つめている。まるで「ここ」のように。舞台の上にはまた最低限とも思える舞台が設えられている。4人乗れば一杯の板張りの小さな台、後ろには素っ気なく下げられた四角い布、布を囲うように電球が並べられ素朴な華やかさを沿えている。役者たちはその舞台に収まらず飛び降りたり飛び乗ったりする。舞台上の舞台、自ずと視線はそこに結ばれる。リズミカルに間断なく飛び出す異国の言葉、前ぶれなくその言葉たちは音楽に乗り歌になる。4人の役者たちはそれぞれに幾つかの役柄を掛け持ち、楽器を鳴らす。くるくると表情を変え躍動する役者たちと共に物語もダイナミックに進んでいく。 続きを読む »