劇評講座

2019年8月31日

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■入選■【メディアともう一人のわたし】西史夏さん

カテゴリー: 2019

メディアともう一人のわたし~メディアのなかの多様性~

 いま、韓国フェミニズムが熱い。
“Kフェミ”と日本で呼ばれるそれらの文学が注目を集めるきっかけとなったのが、昨年末邦訳された『82年生まれ、キム・ジヨン』である。今も書店に平積みされているこのハードカバーを私も最近になってようやく読んだ。胸が痛くなると同時に、これまで自分が感じて来たわだかまりのひとつひとつを飲みこめたような、どこかすがすがしい読了感があった。ここには、二〇一五年に三十三歳を迎える主人公キム・ジヨンの半生が描かれている。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■入選■【マイ・レフト/ライトフット】小田透さん

カテゴリー: 2019

「障碍についての映画についての劇についてのミュージカルについてのコメンタリー」

 障碍についての自伝、についての映画、についての劇、についてのミュージカル。ロバート・ソフトリー・ゲイルの『マイ・レフトライトフット』は入れ子状の構造をしている。起源には1954年に書かれたクリスティ・ブラウンの自伝『マイ・レフトフット』がある。第2の起源が1989年にダニエル・デイ=ルイス(DDL)主演の映画だ。スコットランド演劇祭での優勝を切望するアマチュア劇団がこの物語を舞台化しようと悪戦苦闘するさまを描くのが、2幕仕立てのミュージカル『マイ・レフトライトフット』である。インクルーシヴでダイヴァースな劇にしたら審査員にアピールできるのではないかという劇団員の軽い思いつきが、次から次へと思わぬ厄介事を引き起こし、ついには劇団の分裂に至ってしまう。脳性まひで片足が不自由な修理工のクリスをアドバイザーとして劇団に招いてはみたものの、障碍者ブラウンの生の真実をストイックに追求するのか、健常者DDLのプロフェッショルな障碍者らしい演技をエンターテイメント的に再現するのかで劇団内に諍いが勃発し、主演男優グラントが役を降りてしまう。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■入選■【歓喜の詩】浅川和仁さん

カテゴリー: 2019

 涙のわけを考えている。
 劇評など書いたことはない。が、書くことで何かを解決しようとしている自分がいる。たまたま帰宅後に広げたパンフレットの中に劇評コンクールのチラシを見つけた。これも何かの縁かもしれない。
 2019年5月6日、私は比較的新しい友人の誘いで、静岡芸術劇場で上演される「歓喜の詩」を観た。日本の元号が平成から令和へと変わり、狂騒の中で迎えた、人によっては10連休にもなるというゴールデンウイークの最終日。前日の仕事を終え、深夜静岡に向かった。友人から同行も勧められたが、仕事の都合もあり、また人と過ごすことが得意でないこともあって、劇場の席で待ち合わせた。ピッポ・デルボーノという詩人、劇作家についてはもちろん知らない。だからどんな演劇が上演されるのかもまったく予想していなかった。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■選評■SPAC文芸部 大澤真幸

カテゴリー: 2019

 「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」の劇評コンクールに対しては、26本の劇評の応募がありました。内訳は次のようになります。『Scala』への劇評が4本、『コンゴ裁判』の劇評が2本、『ふたりの女』に対しては4本、『マダム・ボルジア』の劇評が6本、『メディアともう一人のわたし』の劇評は1本、『マイ・レフトライトフット』への劇評が5本、そして『歓喜の詩』に対しては4本。すべての作品に対する劇評が集まりました。昨年と比べて、はっきりとレベルがあがっており、読みごたえがある劇評がたくさんありました。 続きを読む »