2015年10月18日

【王国、空を飛ぶ!】 おためし劇場レポート

10月17日のおためし劇場、第一回(『舞台は夢』の回)に続き
たくさんのお客様にお越しいただき、ありがとうございました!
劇場での稽古が始まったばかり・まだまだ創作過程の、“生”の稽古現場をご覧いただき、
舞台美術や衣裳の紹介コーナー、
大岡淳と佐々木治己(『王国~』ドラマトゥルク)によるトーク
を、ぎゅぎゅっとお楽しみいただきました!

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お客様へのアンケートでもたくさんのコメントをいただきました。

・演出家さん、役者さん、ミュージシャン、それぞれのこだわりが見えました。出来上がりが楽しみです!!
・笑って、ハッとする劇です。
・分かりやすくて、子どもたちも喜んでいました。
・内容が難しそうなイメージだったけれど、稽古を観ていて思わず笑ってしまうシーンもあったので、楽しく観れそう。
・バカバカしくて笑えそうだよ。生演奏も良さそうよ。
・クレイジー!
・社会についてぼんやりした不安があるなら観るべき。それが少しでも解消されるなら、芸術には意味がある。

などなど…

小さいお子さんもお楽しみいただける、賑やかな作品になっております。

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今回は詳しいバックステージツアーがまだ開催できませんでしたが、
11月14日(土)の公演後のツアーはまだまだご予約受付中。
迫力の舞台美術、こだわりの衣裳の秘密をたっぷり知りたい!という方、
お申し込みお待ちしております★

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​10~11月 SPAC新作
『王国、空を飛ぶ!~アリストパネスの「鳥」~』
脚本・演出:大岡淳  原作:アリストパネス
静岡芸術劇場

◆公演の詳細はこちら
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★トーク情報を更新しました!★

◆11月8日(日)
ゲスト: ​勝山 康晴 氏

(ROCK STAR有限会社 取締役、コンドルズプロデューサー、SBSラジオ「らぶらじ」金曜担当)
宮城 聰(SPAC芸術総監督)
大岡 淳(脚本・演出)

◆11月15日(日)
ゲスト: ​片山 杜秀 氏 (音楽評論家、思想史研究者)

渡会 美帆 (『王国、空を飛ぶ!』音楽監督)
大岡 淳(脚本・演出)

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2015年10月13日

【王国、空を飛ぶ!】 空に浮かぶ “理想郷”、もうすぐ登場!

8月の稽古から一ヶ月のお休みを挟んで
『王国、空を飛ぶ! ~アリストパネスの「鳥」~』の稽古が再開しております!

9月のあいだ、稽古は行なわれていなかったものの
創作・技術部のスタッフは、舞台装置や衣裳の制作でフル回転。

今回、深川信也さんを舞台美術デザインにお招きし
SPACのスタッフと一緒に作業を進めていただいています。

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作業はずっと、舞台芸術公園の野外劇場で続いていました。

何せ、大きいのです。

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ひとつひとつのパーツが、大きい。
これらが組み合わさって舞台装置になります。
ド迫力です。

劇場での装置の仕込みも既に進行中。

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劇中で、社会にうんざりしたサラリーマン2人が作り上げる「鳥の国」、
空に浮かぶ “理想郷” が、
静岡芸術劇場に現れつつあります。

シンプルな舞台を活かしきった『舞台は夢』から一転して、
ファンタジックとも、どこか異様ともいえる舞台装置が、どどーんと登場です!
 
 
仕込みが完了するまで、稽古はリハーサル室で進んでいます。
エネルギー全開、全員がド真剣に喜劇を突き詰めていて
稽古場を覗くと笑いをこらえるのが大変。
(関係者、誰もこらえられていないのですが。)

野外劇場で生みだされた舞台装置は、
ごく一部だけがリハーサル室に運び込まれました。

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まだまだ、俳優たちも出会っていない舞台美術がたくさん。
劇場での稽古開始が楽しみです…!

公演は今月下旬、
10月26日に中高生鑑賞事業公演が始まり、
10月31日に一般公演の初日を迎えます。

舞台装置が早く見たいよ!という皆様、
ひとあし早く、「おためし劇場」でご覧いただけますよー!

『王国、空を飛ぶ! ~アリストパネスの「鳥」~』、
どうぞご期待くださいませ。

制作部 
中野三希子

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​10~11月 SPAC新作
『王国、空を飛ぶ!~アリストパネスの「鳥」~』
脚本・演出:大岡淳  原作:アリストパネス
静岡芸術劇場

◆公演の詳細はこちら
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★トーク情報を更新しました!★

◆11月8日(日)
ゲスト: ​勝山 康晴 氏

(ROCK STAR有限会社 取締役、コンドルズプロデューサー、SBSラジオ「らぶらじ」金曜担当)
宮城 聰(SPAC芸術総監督)
大岡 淳(脚本・演出)

◆11月15日(日)
ゲスト: ​片山 杜秀 氏 (音楽評論家、思想史研究者)

渡会 美帆 (『王国、空を飛ぶ!』音楽監督)
大岡 淳(脚本・演出)

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2015年10月9日

クランドール役・武石守正が語る『舞台は夢』の魅力、そして役作りについて

 皆様こんにちは!制作部の塚本です。
『舞台は夢』もいよいよ公演終了まぢか。10月10日、11日千秋楽の公演もまだご予約を受け付けております!今回は行方不明の息子、クランドール役の武石守正に行ったインタビューを大公開。『舞台は夢』という作品の魅力に始まり、武石の役作りについての深い話も盛りだくさん!もう『舞台は夢』をご覧になった方も、これから観ようかなと思っている方も、ぜひお読みください。

俳優・武石守正(たけいし・もりまさ)
SPAC所属俳優。大分県出身。実家はステーキ屋。好きな食べ物は餅。大学のころから演劇を始め、2003年よりSPAC所属。主な出演は、『ハムレット』『ペールギュント』『黄金の馬車』『ロミオとジュリエット』ほか多数。

――ズバリ、『舞台は夢』という作品の魅力を教えてください。

『舞台は夢』は、「フランス演劇の父」コルネイユによって17世紀に書かれた傑作喜劇です。
魔術師の幻影を通じて行方不明の息子クランドールの人生を目の当たりにする父。恋多き息子の人生は、非業の死で幕を下ろしたかに見えますが…、思いもよらない結末が待ち受けています。
 本作の面白さは、コルネイユが「そんなに凄くない人たち」を魅力的に描いているところにあると思います。
 古典劇では、登場人物たちの価値観は明確に規定されていることが多いのですが、実際の私たちは、それほど確固とした人格や価値観があるわけではないですよね。壮大な冒険や壮絶な生き方をする人はほとんどいない。そう考えると、コルネイユの人物描写はかえって面白みを感じます。こういう「そんなに凄くない人たち」を中心に描いた芝居は、当時は珍しかったのかもしれませんね。

――今回演じるクランドールは、どういうキャラクターですか?

 私が演じるクランドールも「そんなに凄くない人たち」のなかのひとりです。職業を転々とすることからもわかるように、現状では満たされず「ここではない何処か」を探し続けています。でも、大きな行動を積極的に起こすわけでもなく、誰かの決断を受けてから行動します。
古典劇では、職業がその人物を規定します。当時は、その身分や職業の家に生まれたら、ほとんどが死ぬまでその身分と職業です。そうすると身体が明確です。侍は侍の身体、農民は農民の身体、お姫様はお姫様というように。地位や損得も明確で、価値観も明確になる。一方クランドールは職業が定まらない。そこに彼を演じる難しさを感じますし、そこが彼の魅力なのかもしれません。

――自分とクランドール、似ていると思いますか?

 それは想定外の質問ですね(笑)自分が演じる役については、あくまで「素材」として捉えています。食材みたいなものですね。役はあくまで「造形していく素材」として考えています。だから、自分自身との類似は考えてないです。食材のピーマンと自分が似てるかなんて考えないのと同じですかね(笑)
 役を与えられたときに、「創作意欲のわく素材」と「全然イメージのわかない素材」という違いはありますけど。
 
――では、役作りはどのようにして行うのですか?

 役を演じる上で考えることは、舞台上の他の登場人物との関係性の中で、その人物がどう規定されていくか、ということです。「この役を魅力的に演じよう」とは考えません。関係性の中でその人物がどのように存在し、どう場面を機能させていくのか、その状況を作り出すことが重要だと思います。それから、登場人物をなるべく自分に引き寄せないことですね。「俺ならこうする」とか「私はこんなことしない」っていうアプローチは、素材を生かせなくなるように思います。
自分の思った通りのことができるわけでもないし、自分がプランニングした通りに観客に伝わって欲しいとも思っていません。ただ、その場面を観た観客のどこかを刺激して想像力が広がってくれればいいな、そう考えています。

――クランドールに何かアドバイスをするとしたら、なんと言いますか?
 
 アドバイスはしません(笑)人からどう言われても自分で気付かないと変わらないから。変わらない人にアドバイスするのって疲れるでしょ(笑)私自身も今言っていることと一カ月後に言うことは違っている気がするので(笑)

――最後に、演じてみて感じた『舞台は夢』という作品についての印象をお聞かせください。

 戯曲に関して言えば『舞台は夢』は劇的な展開の一歩手前で切り替えが起きていて、それが意外でした。ここから盛り上がりそうっていうところで次に行く。ちょっとずつストレスがたまっていく。でもそれこそがコルネイユのねらいなのか?なんて考えてしまいます。
 演出に関しては、舞台と映像の共存のカタチは面白いですね。あんなに堂々と撮影が行われたりマイクで拾ってる姿は衝撃でした(笑)それでいて映像を飛び道具のようには使っていないし、戯曲の魅力も引き出しているように思います。
今までにない作品になりそうなので、ぜひ観に来ていただきたいですね。

(構成:塚本広俊)


SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演会場:静岡芸術劇場


『室内』韓国・光州公演レポート(3)

Filed under: 『室内』2015

『室内』と光州アジア芸術劇場オープニング・フェスティバル

SPAC文芸部 横山義志

この9月、SPACの作品『室内』が光州(クァンジュ)のアジア芸術劇場で上演された。ここで『室内』が上演されたことの意味を、少し記録にとどめておきたい。韓国の国家的プロジェクトとして生まれた劇場のこけら落としを祝うこのフェスティバルは、アジア演劇史に残る事件となるかも知れない。

【アジア芸術劇場オープニング・フェスティバル】

【フェスティバルのプログラム】

このオープニング・フェスティバル自体、いわば、いまだ編まれたことのない「アジア演劇史」を、これから新たに編んでいこうとする試みだった。私たちは西洋に「演劇史」というものがあることを知っている。だが、アジアの演劇の全容を見渡す試みは、いまだ十分になされているとはいえない。この劇場は「アジアのハブ劇場」となることを期待してこのように命名された。そして隣接するアーカイブ&リサーチセンターでは、アジア全体のパフォーミングアーツをアーカイブ化するという途方もない計画が進行している。

【アーカイブ&リサーチセンター】

【アーカイブ&リサーチセンター、日本演劇に関する展示ブース】

極めて野心的な試みだが、これらがソウルから多少距離のある光州の地で行われていることこそが、このプロジェクトにある種の正当性を与えているともいえるかも知れない。まずは、光州という場所について、多少話しておく必要がある。

光州は韓国南西部に位置し、三国時代には百済に属していた。ソウルからは高速鉄道で約2時間、高速バスで約4時間。現在の「光州広域市」の人口は約150万人で、韓国の都市としては第6位。日本では、現代美術の祭典「光州ビエンナーレ」と「光州事件」で知られているのではないか。1980年、軍事政権による戒厳令に反発して民主化を求める20万人以上の市民が蜂起し、武装して軍を市外まで押しやり、全羅南道道庁前広場に5万人の市民が集まって市民大会を開き、直接民主主義による自治が試みられた。しかし2万5千の兵力が投入され、最後まで道庁に立てこもった人々など150人以上の市民が殺害され、3,000人以上が負傷して、市民による抵抗は10日程で幕を閉じることになった。アジア芸術劇場は、その旧道庁前広場の跡地に建設されている。

民主化を市民の力で勝ち取ってきた韓国の現代史を象徴するこの場所に、アジア芸術劇場を含む「アジア文化殿堂」をつくる「アジア文化中心都市構想」を選挙公約として掲げたのは、二代前の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領だった。日本以上に首都ソウルへの集中が激しく、地域間対立も激しかった韓国で、盧武鉉は地方分散化と地域対立の解消を掲げていた。そして2002年の民主党予備選挙において、新千年民主党最大の地盤の一つ光州で、大方の予想を覆して盧武鉉が主流派候補を破り、大統領選挙進出への大きな足がかりを得た。

ところがこの文化殿堂の建設計画は迷走を重ね、李明博(イ・ミョンバク)政権では一端凍結されるに至る。すでに着工され、かなりの投資がなされていたこともあり建設の再開が決まったが、更に政権は現在の朴槿恵(パク・クネ)に移り、盧武鉉時代の公約が13年越しにようやく実現されることになった。アジア文化中心都市事業の総予算は約5000億円といわれる。東京新国立競技場の旧建設案と比べても、倍以上の予算規模である。

アジア芸術劇場の開場準備は約3年前から進められ、初代の芸術監督にはベルギー出身のフリー・レイセンが就任した。ヨーロッパを代表する舞台芸術祭の一つ「クンステン・フェスティバル・デザール」をブリュッセルで立ち上げた人物で、アジアの舞台芸術の現状にも詳しかった。だが、間もなくフリーは辞任してウィーン芸術週間に移り、フェスティバル・ボム(ソウル)の創立者であるキム・ソンヒが後を継いで、劇場の立ち上げを進めることになった。ソンヒは「アジアの同時代性」をオープニング・フェスティバルのテーマとして掲げることを決めた。この「アジア芸術劇場」を、伝統芸能ではなく、アジアの同時代的な舞台芸術のための劇場にする、という強固な意思表示をここに見るべきだろう。

【(左から)キム・ソンヒさん(光州アジア芸術劇場芸術監督)、ベルトラン・クリルさん(アトリエ・コンタンポラン制作)、クロード・レジさん】

オープニング・フェスティバルと今シーズンのアジア芸術劇場のプログラムは、大きく分けて、アジアのアーティストによる作品と、「我らの師たち」と呼ばれる、アジア以外の重要なアーティストたちの作品からなっている。

オープニング・フェスティバルのプログラム(英語)
http://asianartstheatre.kr/board/AatList2?BN_BU_KEYNO=BU_0000000135&MN_KEYNO=MN_0000000344

フェスティバルの演目は全部で33演目あったが、クロード・レジ(フランス)演出でSPACの俳優が出演する『室内』は、唯一この両者が重なる作品だったといえるだろう。前者では、日本でも比較的知られた名前を挙げるとすれば、まず蔡明亮(ツァイ・ミンリャン、台湾)、アピチャートポン・ウィーラセータクン(タイ)、アッバス・キアロスタミ(イラン)といったアジア映画界の巨匠による作品が招聘されている(映像作品も含む)。日本からは岡田利規、坂口恭平、川口隆夫、山下残、足立正生の作品が参加。マーク・テー(マレーシア)、ホー・ツーニェン(シンガポール)といった若手の注目株に混じって、中国からはなんと文革期に初演された革命京劇の代表作『紅灯記』が招聘されていたりもする。後者では、アジアの同時代的な舞台芸術の参照項となりうるような、それ以外の地域(ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米)の重要な演出家を招いている。例えば、フェスティバルではロメオ・カステルッチ(イタリア)、ティム・エッチェルズ(イギリス)、ブレット・ベイリー(南アフリカ)、コンスタンティン・ボゴモロフ(ロシア)、シーズンではロバート・ウィルソン(アメリカ合衆国)、クリストフ・マルターラー(ドイツ)、ウィリアム・ケントリッジ(南アフリカ)など。この部分のプログラムにはフリー・レイセンも関わっていたらしい。

このプログラムから浮かび上がってくるのは、様々な抵抗運動の系譜である。ラヤ・マーティン(フィリピン)が描く、ダム建設によって破壊される村を軍から守ろうとしていた男の死をめぐる物語は、マーク・テーやホー・ツーニェンが描く、マラヤ共産党の失われた歴史へと結びつき、それが、一方では中国共産党政権の正当性を示す革命京劇と呼応し、他方ではドキュメンタリー映画監督趙亮(チャオ・リャン、中国)が描く、経済発展から取り残された人々が生きる壮絶な日常の物語にもこだましていく。この系譜を描くことが、今でも北朝鮮と戦争状態にある国において、いかに困難なことかは想像に難くない。そしてこの系譜はさらに、ブレット・ベイリーが描くアフリカの植民地支配の歴史や、今なおつづくコンゴ紛争に見られるコロニアルな搾取の構造、そしてボゴモロフが描くロシアの強権政治とホモフォビアの問題ともつながっていく。もちろん、これらの全ては、20数年前にこの旧道庁前広場で起きた出来事を呼び覚まさずにはおかない。

このような政治的抵抗と並んで、いわば美学的抵抗ともいうべき系譜も焦点化されている。このフェスティバルの開幕演目として上演された蔡明亮の『玄奘』は、極度に切り詰められ、遅延された動きによって、今日のアジアが生きている狂騒的な時間の流れに抵抗する試みだった。同様の抵抗の身ぶりは、アピチャートポン・ウィーラセータクン、アッバス・キアロスタミ、蘇文琪(スー・ウェンチー、台湾)らにも見られた。クロード・レジは今回の『室内』再演にあたって、こう語っている。「静けさの力と遅さの力に(この二つが結びついたものに)耳を傾け、それを目撃していただきたいと思っています。この二つは、騒音の渇望と速度への執着に向かう今日の嗜好に逆行するものです。」レジもアピチャートポン・ウィーラセータクンの作品を高く評価しているようで、今回のフェスティバルで見られなかったことを悔やんでいた。

フェスティバル期間中、光州には二百人以上の「インターナショナルゲスト」がアジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸など世界各地から集まり、ソウルや釜山など国内の若い観客や演劇人が週末ごとに押し寄せていた。韓国の観客にとっては、ソウルで華々しく劇場のシーズンが幕を開けるなか、光州に来ること自体が、ある種の抵抗の身ぶりだったのかも知れない。『室内』はフェスティバルのクロージング演目として、四回上演された。『室内』は極度の静けさを必要とするため、演目が集中するアジア芸術劇場ではなく、CGIセンターという映画スタジオに仮設の客席を組んで上演されたが、その分、客席がきしむ音には悩まされ、レジさんも観客が音を立てるのを怖れていたようだ。だが、光州の観客は非常に集中して見てくれて、かなり質の高い沈黙をつくることができた。この作品を観たスリランカ出身のダンサーは「太田省吾の『水の駅』を思い出した」と語っていた。ここに、グローバリゼーションのもう一つのあり方を見出してみてもよいのかも知れない。

【CGIセンター】

光州でフリー・レイセンがクロード・レジを迎え入れたとき、「クロードが日本と出会ったのは必然だった」と語っていた。『室内』フランス公演のあとに、あるフランスの批評家が劇評で同じ表現を使い、レジを「日本の最も偉大な演出家」と呼んでいたのを思い出す(ちょっと失礼な話でもあるが)。私がレジの作品を日本に紹介したいと思ったのも、その精神性と形式の双方に、ヨーロッパよりもむしろアジアでこそ真摯に受容されうるものがあるように感じていたからだった。キム・ソンヒは招聘前にウィーン芸術週間、アヴィニョン演劇祭と二度『室内』を見に来てくれたが、やはりそこに「アジア的なもの」、これからのアジアの舞台芸術に必要なものを見出したから、招聘してくれたのだと思う。

三年目の『室内』は、見違えるほど俳優たちの体のなかにしみこんでいた。「室内」にいる家族を見つめるマリーが「夢のなかの家族みたい」と口に出すと、家族が急にこちら側に目を向けてくる。光州では、自分が見ていたはずの夢から、突然見つめかえされたかのようで、一瞬背筋が凍るようだった。メーテルリンクが、そしてレジが見た夢が、やがて日本の俳優たちが見る夢となり、今この光州でアジアの夢となって、未来からまなざしを返してきたのかも知れない。

(韓国の文化政策を研究なさっていて、『室内』の韓国語字幕操作を担当してくださったExplat理事長の植松侑子さんから、多くのご教示をいただきました。植松さん、ありがとうございました!)

【アジア文化殿堂夜景(旧道庁と無等山の景観を守るために、建物のほとんどは地下に建設されている)】


2015年10月4日

『舞台は夢』観劇レポート(泰井良)

バロック演劇を初めて観た。美術史を研究する者にとって、バロックとは、イタリアを中心としたルネサンスにおいて理想とされた均整のとれた構成よりも、意図的にバランスを崩したダイナミックな表現を特徴とする。また、カラバッジョなどの画家に象徴されるように、光と影の劇的なコントラストも、バロック美術の大きな特徴と言えるだろう。
 「舞台は夢」は、こうしたバロックの要素をすべて備えていながら、フランス人ならではのエスプリをスパイスとして加えている。俳優の卓越した身体表現によるダイナミックな動き、しばしば見られる光と影の激しいコントラスト、起承転結のはっきりしたギリシア悲劇などとは異なる不条理ともいえる予測不可能なストーリー、シニカルでコミカルなユーモア。こうした要素が、この作品を他の作品と決定的に分かつとともに、観者に緊張感と集中力をもたらしている。
 そしてこれらの要素に加え、今回の演出において特筆すべきなのは、映像、カメラの効果的な導入である。舞台に映像、カメラを導入した例は、最近では佐々木蔵之介が演じた『一人マクベス』があるが、この作品ではさらに効果的に用いられている。 
普段我々が目にするSPAC俳優は、言うまでもなく「舞台俳優」である。したがって、映画やテレビにおける俳優とは性質を異にしている。舞台における俳優の最も重要な役割は、「身体表現」である。SPAC俳優は、この「身体表現」において、他の劇団の俳優を遥かに凌駕している。しかし、こと映像、カメラを前にしては、彼らは不慣れであり、さらに言えば「無防備」である。具体的に言えば、カメラの前では、彼らが最も得意とする「身体表現」を十分に発揮することはできず、顔の表情など表現方法は限定される。もちろん、一般的には、舞台俳優と映画やテレビといった映像の俳優を器用に使い分ける者もいる。しかし、SPAC俳優は、誤解を恐れずに言えば、専門の「舞台俳優」である。この舞台俳優をカメラの前に立たせる。この大胆で斬新な演出によって、彼らは普段舞台ではけっして見せることのない表情を見せる。さらに言えば、彼らはカメラの前で、素顔や生のままの内面をさらけ出すことになる。この言わば専門の舞台俳優が素人同様の扱いをカメラの前で受けることで、しかもその映像が舞台の上で繰り広げられ観客に提示されることによって、そこにある種の「イリュージョン」が生み出される。この舞台と映像とを俳優が行き来することで生まれる「イリュージョン」こそが、この作品の表現や物語をより豊かにかつ深遠にしている。
 この作品は、その意味においてまさに「舞台は夢」なのであり、夢なのは舞台なのか、あるいは観ている我々なのかさえも、もはや分からなくなる。しかしながら、いかに舞台が夢であり、イリュージョンだとしても、舞台に立つ俳優が、ありのままの自分をさらけ出していることは、まぎれもない真実なのである。この作品がSPACの新境地になることを期待したい。

執筆クルー 泰井良プロフィール写真泰井良(たいい・りょう)
1972.9.5、神戸市生まれ
関西大学美学美術史専攻を経て、静岡県立美術館学芸員。
現在、静岡県立美術館上席学芸員、俳優。
(一財)地域創造公立美術館活性化事業企画検討委員、全国美術館会議地域美術研究部会幹事など。展覧会企画のほか、市内劇団でも活動中。



SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演会場:静岡芸術劇場


2015年10月2日

『舞台は夢』観劇レポート(清野至)

舞台は夢にもっとも近い現実

9月27日、『舞台は夢』を観てきました。
 私は1988年の生まれで、物心ついた時から映像作品は身近なものでした。幼いころは、父親が買ってくれたディズニーの短編アニメを繰り返し何度も観た記憶があります。この時代は、映画、アニメ、ネット動画等々、物語に触れる媒体は色々な物があります。そんな時代に舞台がはたして何が出来るのかなと、ふと思いました。単純に良い物語に触れたいだけなら、舞台である必要は必ずしもないんじゃないか。DVDなら再生ボタンを押すだけでいいし、ネットならどこでも見られます。そっちの方が断然便利です。
 少なくとも現代では大多数の人にとって、舞台より映画やテレビドラマの方が物語に触れる媒体として、一般的で慣れ親しんだものだと思います。
 『舞台は夢』では映像がとても効果的に使われていました。俳優のモノローグ(いわゆる一人で聴衆に語り掛ける長い、心情を吐露するセリフ)をビデオカメラで撮影し、それを背後の大きなスクリーンに映写するのです。スクリーンには大きく俳優の表情が映しだされ、小さな声で語るセリフもマイクが拾うことによって観客に届きます。映画みたいでした。俳優が訥々と語る様はまるでドキュメンタリー映画のようで、ある意味では舞台より慣れ親しんだ表現でした。私には、リーズの恋心、ジェロントの怒り、クランドールの激情、それらが心にすっと入ってきました。
 しかし巨大なスクリーンから少し目線を下にずらすと、そこには俳優と俳優を撮影するカメラマンとガンマイクを構える音声さんがいるのです。スクリーンを見ると慣れしたしんだ映像表現で俳優が熱演しているので感動できるのに、目線をずらすとそれを撮影している現場がある。スクリーンにはたしかに物語という夢があるのに、舞台上にはそれを撮影している生々しい現実がある。少し困惑しました。なぜこんな生々しい現実を見せるのだろう。物語への感情移入を阻害しているのではないかと。映画を観て「この時代劇のセットってホントはスタジオなんだよな」とか「カメラに映ってないところでスタッフは居眠りでもしてるんだろうな」とか普通は思いません。映画がみせる夢物語に没頭しているとき、私達はそんな現実は考えません。
『舞台は夢』は夢と現実を同時に見せてきました。なぜ、夢だけを見せてくれないのだろう。

終盤のどんでん返しで、父親は息子が俳優になったことを知ります。息子に起こった悲劇は実は彼の出演している芝居の一場面だったのです。そうして息子が幸せになったことを知った父親は魔法使いに感謝して劇場を去ります。
物語の結末を知って、腑に落ちました。この話は、父親が息子の劇を観る話です。父親は舞台を観る観客です。
舞台が映画やアニメ、小説とも決定的に違うことは、目の前で生きた俳優が物語を演じているという点です。他のどんな媒体も、完成した時点で既に物語をつくる作業は終わっています。一方舞台では私たち観客の数メートル先で、俳優達が今まさに夢を形作っているという現実があります。確かに映画の方が、荒唐無稽な素晴らしい夢物語を描くことに向いています。技術は進歩していますし、今ではCGでどんな未来や過去も、空想の生物も描けます。かっこいいアクションだってお手の物です。でもそれらは撮影し終わった過去のものです。映画の夢はスクリーンの中にしかなく、触れることも出来ません。
舞台には、目の前で、今まさに、俳優達が夢を形作っているという現実がある。観客はそれを目撃できる。そこに大きな感動が生まれるのだと思います。
俳優ってすごいな。舞台って素敵だな。『舞台は夢』を見て、そう思いました。是非夢を形作る俳優達を観ていただきたいです。

IMAG0013_2清野至(きよの・いたる)
1988.2.9生 静岡県浜松市出身
劇団静火所属/演劇ユニット寝る子は育つ主宰
2013年より、劇団静火に所属し第6回公演『三人姉妹』より同劇団で役者として活動中。次回、第8回公演『マクベス』出演予定。



SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演会場:静岡芸術劇場


2015年10月1日

『舞台は夢』について、演出家フレデリック・フィスバックさんのインタビュー【後編】

フランスの演出家フレデリック・フィスバックさんが、SPACのスタッフ・キャストと創る『舞台は夢』は、17世紀フランスの劇作家コルネイユによる喜劇。「秋→春のシーズン2015/16」の取材に訪れた静岡新聞(9月15日夕刊掲載)の記者、宮城徹さんとともに桂真菜(舞踊・演劇評論家)が、本作の面白さを伺いました。インタビューの中でフィスバックさんをF,  宮城さんをM, 桂をKと表します。初めのページでは『舞台は夢』の魅力を伺います。次のページでは2010年に演出したSPAC版『令嬢ジュリー』や、同作のフランス版で主演したジュリエット・ビノシュのお話に続き、静岡への思いを届けます。この取材は稽古期間中の9月2日に、静岡芸術劇場で行われました。

前編はこちら

★視聴覚も喜ばせる『舞台は夢』

K:『舞台は夢』のタイトルに応えて、視聴覚にも工夫が凝らされています。劇場の複雑な構造そのものが大掛かりな仕掛けに生かされ、影絵などのトリックに引きこまれるうち、観客も幻に惑わされそうです。俳優たちが組み立てる装置が生きもののように変化する過程も楽しめます。また、歌をふくめた身体やオブジェによる表現に加えて、映像が投入されます。大胆な映像には、特別な理由があるのでしょうか? 

F: 私は祖母が劇場に連れていってくれたので、少年期から演劇に接する機会に恵まれました。しかし、現代の若者がフィクションに最初に触れるのは、モニターやスクリーンを通してでしょう。若者が身近に感じる手段を用いることで、舞台が親しみやすくなれば、と思っています。演劇というものは、より遠く抽象的で、大袈裟だと思われがち。そこで、幅広い方が面白さを分かちあえる工夫をしました。

K:映像といえば、フィスバックさんも映画やテレビドラマの監督をしています。

F:長編としては2006年に東京で撮影した劇映画1本のみですが、その作品は2007年のヴェネチア映画祭に参加しました。

K:出演者は日本人ですか。

F:3人をのぞいて日本人です。世田谷パブリックシアターで平田オリザさん作『ソウル市民』を演出した後に撮影が続き、『ソウル市民』の全キャストに出演してもらいました。オーディションに合格したメンバーには、『舞台は夢』に出る小長谷勝彦さん、クロード・レジさん演出『室内』に出る泉陽二さんもいます。

K:2005年に初めてSPACで演出を担った作品がストリンドベリ作『令嬢ジュリー』ですね。同作を翌年フランスの俳優で演出された際には、ジュリエット・ビノシュさんがジュリー役を演じました。緊密なアンサンブルを培ってきたSPACの俳優たちと組んだ時と、映画スターを迎える時では、演出に変化がありましたか?

F:基本的にSPAC版とフランス版の演出は同じです。静岡の『令嬢ジュリー』を練り上げるプロセスにおいては、力強い俳優たちと微妙なレベルに至る発見を重ねました。たきいみきさん、阿部一徳さん、布施安寿香さん。この三人は一緒に作品を考えることに慣れているから、関係性を深められる。うまく機能している劇団ならではの、対話と信頼が成立しています。いっぽう、フランス版では大きな存在である女優が刺激をもたらしました。ビノシュにとっては、フランスにおける20年ぶりのフランス語での舞台出演でした。

K:アカデミー賞、およびカンヌ、ヴェネチアなどの国際映画祭の賞に輝くスターですが、舞台では如何でしたか?

F:偉大なアーティストです。全身全霊で取り組み、リスクを恐れずいろいろなことを試す勇敢な人。稽古にも熱心でした。

★「心の中の子ども」を大切に生きる

K:『令嬢ジュリー』は1888年にスウェーデンで書かれました。1639年にフランスで書かれた『舞台は夢』とはスタイルの違う戯曲です。しかしながら、「見えない男の影に登場人物が支配される」点が二本の戯曲に共通しているように思えます。『令嬢ジュリー』ではジュリーの父、『舞台は夢』では大公。この二者が暗示する「権力」に対するフィスバックさんの疑念が、両戯曲を選んだ理由でしょうか。

F:ある意味では、権力は重要なものです。人々の関心を集め、周囲を啓蒙する機能は大切ですから。ただし、種々の問題を導く危険な要素には、注意を払うべきです。たとえば、人間の尊厳を踏みにじり、差別的な偏見を煽るような暴力的な権威。そういう要素には、対抗しなくてはならない。たとえ、啓蒙的な権力者であっても、自分の目の前にいる誰もが、自分に何かを教えうる存在であることを忘れないようにするべきでしょう。年齢を重ねるにつれて私は、いろいろなシステムに内面の深いところで抗う気持ちを再認識しています。むろん、暴力に訴えたりはせず、自分らしい抵抗を考えますよ。

K:芸術を通して、疑問や違和感を観客と共有することもできますね。

F:現代の問題は、権力というものが見えにくい状態であること。世の中を誰が支配しているのか分からない状態や、仮面をかぶった支配者の存在は、私たちが生み出しているものです。いきいきした批判精神が停滞すれば、共同体は息苦しい空気でよどんでしまう。楽に暮らしたい、面倒なことを考えずに安心したい、などと望むだけでは市民の判断力は低迷して、隠れた権力に飲み込まれやすくなるでしょう。たしかに民主主義は政治制度の中で、より良いシステムではありますが、システムや法律さえ整えば世の中が平和に治まるわけではありません。自然の豊かさが人間に蝕まれて衰え続け、地球上の99%の富が1%の人に握られている現象は異常です。こういった言葉は、私自身の中にいる子どもの発言です(笑)。「心の中の子ども」を私は大事にしています。

★静岡で人の温もりを感じる場所は……

K:ところで、日本とフランスでは公共劇場においても演劇を創る環境が異なると思いますが、静岡芸術劇場での創作にどんな印象を持っていますか?

F:五年前に初めて仕事で訪れた際に、とても良い環境だと感じました。ですから昨年、芸術監督の宮城聰さんから「再びSPACで演出を」と依頼された瞬間に快諾したのです。もっと大規模な予算のある組織や、豪華な設備を備えた劇場も経験しました。でも、ひとつのプロジェクトに対して全スタッフが、こんなにきちんと取り組むところは他に知りません。全員が真心こめて仕事に集中する現場は、演出家にとって理想的です。

K:この先、また静岡で演出する機会があったら、手掛けたい作品はありますか?

F:チェーホフ戯曲に挑戦したい。まずは大好きな『桜の園』から。SPACで作品づくりをしていると、ヴィジョンが触発されます。これは俳優のおかげでもありますね。演出家も作家も不在の舞台はあっても、俳優と観客なしに演劇は成立しない。「また会いたい」と思う俳優がいるか、いないか。その点も仕事にかける情熱を左右します。稽古で消耗した折も「何でも知っているぞ」とばかりに権力をふるう、ちっぽけなボスにならずエネルギーを舞台に注ぎ込むためにも、「また会いたい!」と思える人たちが必要なのです。

K:宮城徹さんから質問はありますか?

M:『舞台は夢』は「秋→春のシーズン」の開幕を飾る作品、という位置づけになりますね。

F:光栄です。

M:シーズン中に上演されるなかで特に興味を引かれる作品、観たい演目はありますか?

F:私は好奇心旺盛な人間で、何でも観たいですね。『室内』はすでに拝見しました。SPACの良さを伝えるために、パリの状況を少しお話しましょう。以前は「この劇場の企画であれば、作品も演出家も知らなくても面白いはず」と信じられる劇場が2、3ヶ所ありました。ところが、現在では特徴あるプログラムを組む劇場が減りました。でも、日本には幸運にもSPACのようにクリエイティブな劇場があります。このような劇場が幸運にも近くにある場合は、ぜひ全てを観に来てほしい。観客になる楽しさを学ぶ機会も貴重です。

M:今回は長期間にわたって静岡に滞在されていますね。劇場の周囲には県立美術館、映画館などが立っていますが、特に気に入った場所はありますか?

F:県営プール!人間関係に温もりを感じられる場所です。私が毎日通うので、皆さんに驚かれます。日本のかたが声をかけて下さることが嬉しい。私の日本語はカタコト以下のレベルですが、一生懸命に応えます。静岡は文化に対して熱心ですね。初めて日本に来た1999年に、完成直後の静岡芸術劇場を訪れました。劇場のみならず舞台芸術公園などを含めたSPACのプロジェクト全体が素晴らしいと感じました。富士山が見える景色も好きです。子どもの頃からキリマンジャロと富士山、これら二つの火山を見たいと熱望していました。ここで夢の一部が実現したわけです(笑)

M:ありがとうございます。プールを含めて、どうぞ静岡を満喫して下さい。

K:貴重なお話、本当にありがとうございました。

取材・構成:桂真菜(舞踊・演劇評論家)


SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演会場:静岡芸術劇場


2015年9月30日

SPACおためし劇場vol.2は…『王国、空を飛ぶ!~アリストパネスの「鳥」~』

中秋の名月も過ぎ、もうすっかり秋ですね。
だんだんと空が高くなり、朝晩は冷え込むようになりました。
風邪などひかれないようにしてくださいね。

さて、SPAC秋→春のシーズン♯1『舞台は夢』より始まりました「SPACおためし劇場」。
前回の『舞台は夢』では、定員30名を上回る50名を超える応募がありました。
稽古見学では、演劇に初めて触れた方にも俳優の演じる場面と演出家のやりとりを間近で見る事ができ、
刺激的で面白かったと好評でした!

「SPACおためし劇場vol.2」は、『王国、空を飛ぶ! ~アリストパネスの「鳥」~』です。
古代ギリシアの傑作風刺劇の舞台を現代日本に置きかえた物語で、
3人のミュージシャンによる音楽とSPAC俳優たちによる歌が満載の音楽劇です。
今回「おためし劇場」が開催されるのは、劇場内での稽古が始まって間もない頃。
まさに、作品が静岡芸術劇場の空間の中で出来上がっていく、
そんな稽古風景を目撃していただけるはずです!
稽古の時には笑いが絶えないという噂の現場を、皆さん覗きにきませんか!
脚本・演出の大岡淳(SPAC文芸部)によるトークも必聴です!

★「おためし劇場」過去の開催時の様子など、詳細はこちらもご覧ください。

開催日/10/17(土)
時間/13:30-15:00
会場/静岡芸術劇場 (JR東静岡駅前グランシップ内)
参加費無料 (要予約)
定員50名

お申し込み・お問い合わせ:SPACチケットセンター
TEL.054-202-3399(受付時間10:00~18:00)

ご家族、お友達と一緒はもちろん、お一人様での参加も大歓迎です!
何度も劇場に足を運んでくださっている皆様、
まだお会いしたことのない皆様、
「おためし劇場」でお会いできることを楽しみにしています!

※いらしたことがない方の中には、劇場ってしきいが高いなあと
思っている方もいらっしゃることと思います。
話のタネに、どんなところかなあ?とお散歩ついでにお気軽に一度来てみてくださいね。
いろんな発見があって面白いですよ。(自由に閲覧できる演劇の本もたくさんあります!)

仮『王国』おためし劇場_1509


2015年9月27日

『舞台は夢』みどころ紹介~静岡文化芸術大学インターン生より

はじめまして、
静岡文化芸術大学からSPACにインターンに来ました、
芸術文化学科1年の佐藤と梅原です!

インターンでは主にSPACの方々から1つの舞台を作るにあたって
どんな仕事や準備をするのかということを教えていただいています!

現在SPACでは『舞台は夢』を上演しています。
私達はこちらの舞台作品の制作のお手伝いをしています。

そこで!

今回は私達なりに『舞台は夢』のみどころ紹介をしたいと思います!

では、まずは佐藤から。

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私がこの『舞台は夢』を観て一番感動したのは舞台のセットです。
ほぼ平台と箱馬だけ、というシンプルなセットでありながら
ある時は洞窟、ある時は庭園といった具合に様々な空間へと
変化していく様子に引き込まれました。
凝ったセットが無いぶん、自分の想像した舞台上の背景が
壊されることなく舞台が観られて楽しいなと感じました。
そしてこの舞台上の背景は、登場人物を「動かす」のではなく
「生きている」ように見せられる高い演技力が役者さん達にあるからこそ
はっきり想像できるのだろうな、と感じました。

物語に関して言えば、私は途中まではよくある恋物語かなと思って観ていました。
ですが….最後の最後に
良い意味で裏切られました….!
裏切られてほっと幸せになるなんて思いもしませんでした!
何が起こったかというと….
….それは是非自分の目で確かめてみてください!!!

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次に、梅原。
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この物語では、格式ばったセリフで
波乱万丈な主人公クランドールの人生が描かれるので
なんとなくシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のような終わりを迎えるのだろうと
予想していました。クライマックスは予想通りの悲劇だと思ったのですが!!!全く違いました。
この作品のオチはいわゆるどんでん返しなのですが、
テレビでも映画館でもなく、劇場で観るからこそ生きるどんでん返しを使ったクライマックスでした。
これが舞台にしかできない表現方法なんだなぁと
制作の仕事のお手伝いをしながらしみじみ考えていました。
劇場ってスゴイ‼︎

結末を知るともう一度観たくなる作品です。
皆さんも観ればきっと最後は自然に顔がほころぶはず。
ぜひ静岡芸術劇場で舞台のチカラを感じてください!

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いかがでしたでしょうか?
観ればきっと皆さんも私達のように感じてくださると思います!
ぜひ『舞台は夢』を観にいらしてください!

それではインターンシップ最終日まで頑張りたいと思います。

佐藤と梅原でした!
 
 
SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演会場:静岡芸術劇場


2015年9月26日

『舞台は夢』について、演出家フレデリック・フィスバックさんのインタビュー【前編】

フランスの演出家フレデリック・フィスバックさんが、SPACのスタッフ・キャストと創る『舞台は夢』は、17世紀フランスの劇作家コルネイユによる喜劇。「秋→春のシーズン2015/16」の取材に訪れた静岡新聞(9月15日夕刊掲載)の記者、宮城徹さんとともに桂真菜(舞踊・演劇評論家)が、本作の面白さを伺いました。インタビューの中でフィスバックさんをF,  宮城さんをM, 桂をKと表します。初めのページでは『舞台は夢』の魅力を伺います。次のページでは2010年に演出したSPAC版『令嬢ジュリー』や、同作のフランス版で主演したジュリエット・ビノシュのお話に続き、静岡への思いを届けます。この取材は稽古期間中の9月2日に、静岡芸術劇場で行われました。

★ヨコシマな恋と殺人に彩られた、スリル満点の芝居

K:『舞台は夢』は、家出して行方不明になった息子を探す父が、魔術師に出会い不思議な体験をする物語です。恋、裏切り、殺人……息子クランドールの波乱万丈の歳月を、父プリダマンと共に観客は追います。あっと驚く戯曲の結末が、どのように表現されるのか、わくわくします。というのも、稽古でフィスバックさんの演出と俳優・照明・音響・装置が呼応して、演劇ならではの幻影が生まれる瞬間を味わったからです。初めて芝居を見る中高生も、芝居や美術をたくさん御覧になった方も楽しめる舞台になりそうです。

F:大いに楽しんでいただきたい、と私自身も願っていますよ(笑)。せっかく来て下さった観客の皆さんを「退屈な見世物」で失望させてしまったら残念です。もっとも、私は舞台を単なる気晴らしの娯楽、と捉えているわけではありません。生と死、愛の喜びや痛みなど、深いテーマを皆さんに考えてもらうことも、演劇の使命だと思いますから。コルネイユは優れた物語の語り手です。見る人の好奇心を引きつける要素を上手く組み立てるし、スリルやサスペンスの扱い方も抜群。巧みなストーリー展開に観客は振り回され、驚いたり怖がったり、多彩な感情を味わうでしょう。

K:父は魔術師が操る幻想を通して、息子の消息を知り再会のきっかけをつかみます。その嬉しさを語る言葉を聞くと、かつて息子を追いつめた信念が和らいだように思えます。

F:そうですね。あるがままの状態の息子を受け入れる寛大さを、父は身につけたのです。本作は、旧世代が若者を苦しめてしまう問題も観客に訴えます。子どもを理解できなくて、じゅうぶんに愛を注げなかったり、考えを押し付けてしまったりする過ちは古今東西、多くの人が経験しました。「子どもを信頼して、その子が花開くように寄り添っていこう」と語りかける側面も、『舞台は夢』にはある。この点は演劇、および芸術といわれるものに、人間を治癒する効果が潜むことを伝えています。

★演劇の力に驚く体験が、波のように続く

K: 『舞台は夢』からは、演劇の素晴らしさに寄せる讃歌(オマージュ)が響きます。爆笑と涙で観客を揺さぶり、芝居ならではの面白さで観客を驚嘆させる工夫が戯曲からもあふれています。

F:たしかに、演劇へのオマージュと呼べる作品です。たとえば、登場人物である息子のクランドールは反抗的で、社会に参加できない若者の代表。なかなか居場所を見つけられない彼が、落ちつけるところを探すために俳優になる。その設定も一種のオマージュ。演劇には共同体の約束と折り合いをつけにくい人が、社会の中で存在意義を見出す作業を助ける力もあるのです。

K:フィスバックさんも青春時代は、一般社会の規範になじめない、といった違和感に悩みましたか?

F:そういう面もあったかもしれませんが、私は愛情に溢れた家族に囲まれていたうえ、幸いにも若くして演劇に出合えました。だから、多くの人が思春期に感じる疑問に、戯曲や詩を通して向き合いました。解決しがたい矛盾は、舞台を通して考えたものです。もちろん、演劇活動だけで世の中が、平穏に治まるわけではありません。自分と異なる背景をもつ者を蔑むような冷たい視線を、全ての人から除くことは不可能ですから。非情な人たちは、常に世間を脅かします。そういった自己中心的で不公平な人の憎しみに巻き込まれずに、多様な人間同士が関係を築いて芸術や愛を育むからこそ、私も活動できるのです。

K:『舞台は夢』が書かれたのは380年も前ですが、自分と違う価値観をもつ息子を認めなかった父が変わる話は、世代間の対話に困難を抱える現在の観客を励ましてくれますね。

F:そう、ドタバタ・コメディー風の場面もある愉快で軽やか、しかも深遠な作品です! 

★「怪物」みたいなバロック演劇を目撃

K:稽古を拝見して、魔術師アルカンドルが「舞台の演出家」として表現されている、と思いました。目の不自由な魔術師が連れている盲導犬が、擬人化されています。その結果、複数の魔術師が活躍するように感じられるシーンもあって……。全能者であるかのように幻影を見せる魔術師、その人物の目が見えない、という点も不思議です。

F:人間関係において、素敵だな、と思うこと。それは相手が私に、「自分が何をしているのか」、教えてくれる時があることです。今がまさに、その時。桂さんが私のしていることを教えてくれました。何らかの理由に基づくことではありますが、直感的に閃いた方法を私は稽古で試していきます。試行錯誤で育まれる舞台は、初めてこの作品に触れるお客様にも、自分なりに感じていただければいい。その人の理解は、私の解釈と違って構わないのです。演劇には多様な信号が用意されていますが、別の解釈の余地が必ず残る。そういうものでなければなりません。この感覚は、私の好きな習慣に通じます。昔は食事の準備をする際に「誰かが訪ねてくるかもしれない」と思って、一人分の席や食器をテーブルに加えたものです。そういう素敵な伝統ともつながる考え方です。

K:2004年にフランスで『舞台は夢』を演出されていますが、魔術師は全く違う方向で演出されましたか?

F:全く違っていて、カメルーン系の俳優を起用しました。旧約聖書に記されたバベルの塔よろしく、多様な民族が行きかうパリには大勢のアフリカ人が暮らし、星占い師や呪いを解く人もいます。2004年には異文化を生かす演出でした。その作業とSPACでの稽古を比べると、当時の演出は今回の下書きのよう。11年を経て新たに本作を演出できて嬉しい。ようやく何らかの到達点に立てる予感がします。

K:静岡の俳優やスタッフとの稽古も、新鮮なアイデアの源でしょうか?

F:はい。この作品が一見シンプルでありながら、実は複雑な構造をもつことも影響しています。劇中劇は「演劇についての演劇」を探る、果てしない知的ゲームを提供します。読むほどに、さまざまな演劇ジャンルの展開を可能にする戯曲ともいえますね。均衡と調和を尊ぶ古典主義のかたちをもちながら、それ以前に栄えたバロック演劇の激しさをたぎらせ、シェイクスピアやスペイン黄金世紀の型破りな作品にも近い。「世界は演劇」という思想を具体化する本作は、規則に収まりきらない「怪物」です。

取材・構成:桂真菜(舞踊・演劇評論家)

(後編に続く)


SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演会場:静岡芸術劇場