劇評講座

2021年3月21日

秋→春のシーズン2020-2021■最優秀賞■【ハムレット】美和哲平さん

カテゴリー: 2020

宮城聰演出『ハムレット』における「主権者の非現前性」について

 宮城聰演出『ハムレット』の最終盤の展開は、とても奇妙である(※) 。それもそうだろう。なぜなら、それまでデンマークが舞台であったはずが、ハムレットとレアティーズの剣闘における王侯貴族たちの死とともに突如ジャズと明らかに玉音放送を意識したラジオが流れだし、空からはチョコレート入りの箱が降り、舞台にはそれまでのアジア風の衣装とは打って変わってもんぺに身を包んだ少女たちが現れるのだから。この唐突とも言える展開によって、観客は『ハムレット』の権力移譲のストーリーを、戦後日本の天皇主権からGHQによる統治へという権力移譲を必然、重ね合わせることになる。本稿では、「主権者の非現前性」という視角から、宮城の『ハムレット』におけるこの唐突な演出の意味合いと、いかに宮城が『ハムレット』から「日本」と「日本人」を描こうとしているかということについて探っていきたい。 続きを読む »

秋→春のシーズン2020-2021■優秀賞■【妖怪の国の与太郎】小田透さん

カテゴリー: 2020

コロナ禍時代の舞台の可能性と不可能性

 コロナ禍時代において演劇はもはや純演劇的であることを許されていないらしい。俳優はマスクを身に着けなければならないし、演出はソーシャル・ディスタンシングを内在化しなければならない。感染防止策という演劇外のものを舞台に登場させる必然性を捏造しなければならない。

 
 再演となる『妖怪の国の与太郎』は、このような疫学的要請にコミカルな回答を提示していた。マスクが妖怪のコスチュームに化ける。スプレーによるアルコール消毒が喜劇的な身振りとして繰り返される。SPAC芸術総監督の宮城聰の代名詞ともいうべきムーバー/スピーカー制――言葉と身体の自然なつながりの意図的な分断――へのオマージュのような演出は、2019年の初演では借り物めいたところもあったが、舞台下手にしつらえられた音楽隊とアテレコのためのスペースと、舞台中央に作られたやや小ぶりの演技スペースとの切り離しは、舞台上で縦横無尽に動いたり語ったりすることがはばかられるいま、まさに時宜を得たものであるように見えた。 続きを読む »

秋→春のシーズン2020-2021■入選■【みつばち共和国】福井健吾さん

カテゴリー: 2020

『みつばち共和国』―再認識させられる人間社会―

 With コロナの世の中で創意によって克服し開場を果たした「みつばち共和国」が SPACによって行われた。セリーヌ・シェフェールの演出は無駄が一切なく表現の数々は見るものの想像力を掻き立て、ミツバチの生活を通してその絶滅の危機を訴える。静岡のうつくしい森の中にある劇場は気持ちを落ち着かせ、客席から見ることのできる美しい舞台装置と映像、自然の音によってメーテルリンクの物語の世界に没頭させる。寓話的でその真意を探求させられる作品であった。 続きを読む »

秋→春のシーズン2020-2021■選評■SPAC文芸部 大澤真幸

カテゴリー: 2020

 2020年「秋→春のシーズン」の劇評コンクールへの応募作品数は、コロナ禍の中で上演も観劇も制限されていたため、たいへん少なかった。そのような中、劇評を書き、コンクールに応募してくださった方々に、まずは心よりお礼を申し上げたい。本数こそ少なかったが、劇評の平均的なレベルが高かったのも、今回の特徴である。 続きを読む »

2020年10月20日

秋→春のシーズン2019-2020 劇評コンクール 審査結果

カテゴリー: 2019

秋→春のシーズン2019-2020の劇評コンクールの結果を発表いたします。

SPAC文芸部(大澤真幸、大岡淳、横山義志)にて、応募者の名前を伏せて全応募作品を審査しました結果、以下の作品を受賞作と決定いたしました。

(応募数14作品、最優秀賞1作品、優秀賞2作品、入選2作品)

(お名前をクリックすると、応募いただいた劇評に飛びます。)

■最優秀賞■
小田透さん【「過去は忘れたい、未来は知らない」――問いを上演する】
(『ペール・ギュントたち ~わくらばの夢~』)
 

■優秀賞■
佐野あきらさん【円環と重力】
(『寿歌』)
 
西史夏さん
(『ペール・ギュントたち ~わくらばの夢~』)
 
■入選■
小田透さん【人間的不自然さの彼方にある奇跡的な自然に】
(『グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~』)
 
山本伸育さん
(『メナム河の日本人』)
 
■SPAC文芸部・大岡淳の選評■
選評
  
  
 
◆秋→春のシーズン2019-2020 上演作品一覧◆
『寿歌』
(演出:宮城聰 作:北村想)
『ペール・ギュントたち ~わくらばの夢~』
(上演台本・演出: ユディ・タジュディン 原作: ヘンリック・イプセン)
『RITA&RICO(リタとリコ)~「セチュアンの善人」より~』』
(構成・演出・台本:渡辺敬彦 原案:ベルトルト・ブレヒト)
『グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~』
(演出:宮城聰 作:オリヴィエ・ピィ 原作:グリム兄弟)
『メナム河の日本人』
(演出:今井朋彦 作:遠藤周作)

秋→春のシーズン2019-2020■最優秀■【ペールギュントたち~わくらばの夢~】小田透さん

カテゴリー: 2019

「過去は忘れたい、未来は知らない」――問いを上演する

幕開けからおそろしく情報密度が高い。情報量で圧倒してくるのではない。情報が多様に多層的なのだ。杖をついた老婆が舞台左手前の足踏みミシン台に腰かけ、悠然と縫物を始める。すると、軽く湾曲した弓なりの棒を頭の上に載せ、スーツケースを抱えるパフォーマーたちが、舞台の両側からゆっくり入ってきて、それがいつのまにか踊りに転化している。強いビートの音楽が鳴り出す。同じようなパターンの身振りだが、その速度にしても強度にしても、ひとりひとりが大いに異なっている。早送りとスローモーションがシンクロし、不思議な空気が出現する。そのあまりの濃密さに、見ているほうの脳の情報処理が追い付かない。つねに複数の時間が流れ、つねに複数の空間が共立している。メインとなる空間に立つ者たちとは別の時間軸に属する者が舞台のどこかに必ず佇んでいる。さまざまなものが交錯し、そこから、現代社会のなかの声なき存在の声が聞こえてくる。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■優秀■【寿歌】佐野あきらさん

カテゴリー: 2019

円環と重力

 観劇後の余韻が数日経っても残っている。舞台の濃密だった時間の続きに今もいるようだ。数年ぶりに演劇を観たせいだろうか?それもあるかもしれない。でも、それだけではない気がする。私は10月13日の体験を意味付けするためにもこの劇評を書こうと思った。
 
 『寿歌』は核戦争後のミサイル飛び交う関西地方での物語だ。リヤカーを引く旅芸人のゲサクとキョウコは旅の途中でヤスオを仲間に加え、珍道中をはじめる。奥野晃士のすっとぼけたゲサク、たきいみきがエネルギー全開で演じる溌溂としたキョウコ、春日井一平の真面目さが滑稽なヤスオ。舞台上で繰り広げられるトリオの「エエカゲン」な漫才は三者三様の魅力が溢れ、大いに笑えた。けれど、笑えば笑うほど、彼らと距離ができてしまう奇妙な困惑が観劇中の私にはあった。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■優秀■【ペールギュントたち~わくらばの夢】西史夏さん

カテゴリー: 2019

 ビブリオバトルというイベントが広まり出してどれくらい経つだろう。
 「知的書評合戦」とも言われ、制限時間5分でおススメ本を紹介し、「どれが一番読みたくなったか?」を基準とした観客投票の結果、チャンプ本を決めるというものである。
 たまたま地元で、中学生大会を観る機会があった。
 驚いたのが、10人中9人が日本の作家を取り上げた事である。勿論、どの国の作家を選ぶかは出場者の自由だ。しかし、『人間失格』や『こころ』、あるいは流行作家の作品と並んで、『赤毛のアン』や『三国志』の名があがってもいいのではないか。そんな事を考える内に、こんな田舎の中学生にもナショナリズムが浸透している気がして、暗澹たる思いがこみ上げて来た。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■入選■【グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~】小田透さん

カテゴリー: 2020

人間的不自然さの彼方にある奇跡的な自然に

 オリヴィエ・ピィの『グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~』の物語は民話的な形式にのっとっている。匿名のキャラクターたち――父親、悪魔、少女、王様、庭師――が、どこともつかぬところ――森、庭、水車小屋――を、移動していく。そして、父親を恨むこともなければ、王様を憎むこともない、すべてをありのままに受け入れて受け止めることのできる純真な自然児である少女が、悪意というよりは軽率さによって罪を犯した父と、彼自身のものではない罪の咎を負わされた王とを、救ってしまう。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■入選■【メナム河の日本人】山本伸育さん

カテゴリー: 2020

 アユタヤ遺跡の破壊された仏像群は、ビルマとの戦闘の歴史であることは知っていた。そのような時代、その場所に日本人が住み、活躍していたことに思いをはせると感慨深い。
 静寂のなか漆黒の闇のなかから舞台が始まる。照明とともにセミの鳴き声が聞こえはじめ、蒸し暑さを感じるアユタヤの世界に引きずり込まれていく。張りつめた緊張感を漂わせながら舞台は進んでいく。
 「メナム河の日本人」の壮大な物語は、王宮と日本人町とリゴール地方の3つの場所で展開していく。王宮での謀略・策略の緊張感と日本人町での祖国を懐かしむ思いとリゴールでの先を思う不安感と3つの場面設定の中で緊張と弛緩が繰り返されて、増幅させながら物語は展開する。その中で山田長政が見せる、強い生き方とやさしさと孤独感が折り重なって物語に厚みを与えていく。 続きを読む »