2016年2月27日

『イナバとナバホの白兎』~新作誕生までの道のり~vol.1

本日いよいよ「ふじのくに⇄せかい演劇祭2016」のチケットが一般発売開始となりました!
このせかい演劇祭の目玉作品の1つが宮城聰演出SPAC新作『イナバとナバホの白兎』です。

nabaho

昨年の『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』に引き続き、駿府城公園での野外劇として上演いたします。

駿府城
↑ 『マハーバーラタ』2015年公演の様子

実は『イナバとナバホの白兎』は1月中旬から稽古がはじまっており、ただいま作品制作真っ最中でございます。
今作品の特徴の一つが台本作りに俳優も加わって1から作っているところです。そのため稽古場には古事記やナバホ神話、クロード・レヴィ=ストロース(フランスの人類学者)、民俗芸能に関する資料がずらりと並んでいます。

「クロード・レヴィ=ストロースはどんなことを考えていたのか?」
「白兎は何者だ?」
「兄弟ってなんだろう?」「水は?火は?」

古事記やナバホ神話に出てくるエピソードやキーワードをもとに、
時にはそのものの根源までつきつめていくような話し合いを繰り返し、
具体的に台詞や身体表現にしてみて試行錯誤を重ねに重ね、ようやく少しずつ台本が出来上がっていきます。

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今週は<アメンボチーム>と<蒸し風呂チーム>に分かれてそれぞれシーンを作り発表しました。
アメンボ?蒸し風呂?と気になるところですが、今日はここまで。

まだまだ、形のみえない作品ですが、このブログで壮大な祝祭音楽劇が誕生するまでをご紹介していきたいと思います。

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(文:仲村悠希)

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ふじのくに野外芸術フェスタ2016
フランス国立ケ・ブランリー美術館開館10周年記念委嘱作品
『イナバとナバホの白兎』
5/2(月)~5(木・祝)
駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
◆公演の詳細はこちら
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2014年4月11日

『タカセの夢』~第一期稽古終了~

みなさま、こんにちは。
SPAC制作部の山川祥代です。

桜の花がきれいに花開いたと思ったら、
木によってはもう新緑の季節の訪れが垣間見えている気がします。
「ぱっと咲いて、ぱっと散る。」
この桜の特質にも日本人が心打たれる「美」が隠されているようです。

さて、先週来日されたばかりのスパカンファンプロジェクト
『タカセの夢』演出家兼振付家のニヤカムさんですが、
第一期稽古が終了し、一旦フランスへお帰りになりました。
わずか1週間程の滞在でしたが、
子どもたちやスタッフと一つ一つのシーンを丁寧に確認。
作品をさらに進化させ、最終日には通し稽古も行いました。

久しぶりに再会できたと思ったら、もうお別れ。
でもまたすぐ会えるもんね。
バス停までお見送りに来てくれたニヤカムさんに、
子どもたちもとても嬉しそう。

お花見に来ていたお姉さま方も一緒に
みんなでニヤカムさんを囲んで、パシャリ。

そしてみんなが乗るバスが来たのを確認すると、
ニヤカムさんは一人で踊りながら、
本当に踊りながら(歌も)、バス停を去っていきました。
ニヤカムワールド全開。

そんな素敵なニヤカムさんと子どもたちの作品、『タカセの夢』。
観ればあなたも踊り出したくなる、そしてきっと踊れちゃう?!
あなたもニヤカムさんの魔法にかかれば、
眠っていた「踊る身体」に目覚めるはず。

ふじのくに⇆せかい演劇祭2014
『タカセの夢』
@舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」
5/3(土)15時15分開演
5/4(日)16地30分開演
5/5(月)18時00分開演

http://spac.or.jp/f14takases-dream.html


2013年7月7日

<制作部よもやまブログ#43>まるふ2013ギャラリー

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2013」 「ふじのくに野外芸術フェスタ」ともに無事に閉幕いたしました。
ご来場まことにありがとうございました。
今年も演劇祭を通してたくさんの素敵な出会いがありました。


『室内』のクロード・レジさんと宮城聰 芸術総監督


『脱線!スパニッシュ・フライ』出演者とスタッフ


『生と死のあわいを生きて』の小島章司さんと宮城聰 芸術総監督


かえっこバザールでのワークショップの様子


かえっこバザールでにぎわう劇場ロビー


グランシップ広場で上演した『ポリシネルでござる!』


『母よ、父なる国に生きる母よ』の舞台装置に「言葉」を書き込むカンパニーメンバー


SPACTシャツを着た『Hate Radio』メンバー


大盛況! 『ベトナム水上人形劇』(清水マリンパーク)


こちらも大盛況!『夢の道化師』(清水マリンパーク)


『夢の道化師』記念撮影(清水マリンパーク)


2013年6月23日

【映像】『黄金の馬車』アーティスト・トーク ゲスト:北川フラム氏 2013年6月22日

6月22日(土)の『黄金の馬車』アーティスト・トークは、
アートディレクターの北川フラムさんをゲストとしてお迎えしました。

今回はじめて宮城聰演出作品をご覧いただいたという北川フラムさん。
きびしいツッコミ(?)とともにいろいろな質問をに投げかけていただきました。

聞き逃した方はぜひどうぞ!


2013年6月19日

横山義志による『Hate Radio』みどころ・考えどころ ~ルワンダ虐殺はなぜ起きたのか?

横山義志(文芸部)

1994年4月から100日ほどのあいだに、ルワンダで50万人~100万人が虐殺された。人類史上、「最も効率よく行われた虐殺」とも言われる。この事件が起きたとき、遠く離れた「先進国」では、誰もがこれをアフリカのローカルな部族間の争いだとみなそうとした。だが、単なる部族対立でこんなに多くの人が殺されるはずはない。この事件の最大の凶器となったのはラジオだった。ミロ・ラウ率いるIIPM(International Institute of Political Murder)は、当時のラジオ放送を再現した『Hate Radio』で、昨年のベルリン演劇祭招聘演目に選ばれた。ベルリン演劇祭(テアタートレッフェン)は、ドイツ語圏でその年に上演された演劇のなかで、最も重要な舞台を10本選んで上演する演劇祭だが(ヘルベルト・フリッチュ演出『脱線!スパニッシュ・フライ』もここに入っていた)、このように若い演出家が作ったドキュメンタリー演劇が入るのは珍しいのではないだろうか。この作品は静岡のあと、アヴィニヨン演劇祭やバルセロナ・グレック・フェスティバルでも上演される予定になっている。

Hate Radio

自分の記憶をたどってみれば、1994年には高校生で、よく新聞の国際欄を読んでいたはずだが、ほとんど印象に残っていない。日本の大手紙では、この事件は一度も一面では取り上げられなかったらしい。フランスにいたときに、この事件を扱った演劇作品『ルワンダ94』を見た。実際に虐殺を生き延びた人々が、たしか六時間ほどにわたって、自分の経験を証言する作品だった。この作品では、「何が起きたのか」は分かった気がしたが、「なぜ起きたのか」については、あまりよく分からなかった。

『Hate Radio』は、「なぜ起きたのか」に焦点を当てる作品である。ルワンダ虐殺を主題にした作品では、個々の事件の残虐性が強調される場合が多いが、この作品では、凄惨な描写はむしろ可能な限り避けられている。だが、一方で、そういった他の作品よりも、よほど戦慄を覚えさせる作品でもある。なぜなら、これを見れば、この事件が「近代化」を成し遂げたどの国でも起きうる事件だということがよく分かるからだ。

観客はイヤホンをつけて、ラジオのリスナーになる。そこから流れてくるのは、どこかで聞いたことのあるロックや歌謡曲であったり、アフリカの軽快なポップスであったりする。その合間に、ラジオのパーソナリティたちが、「映画館の裏に住んでいるゴキブリ」を始末するように、と視聴者に語りかける。ベルギー人のパーソナリティは、「これは革命なんだ、人口の10パーセントに過ぎないのに国の全てを握っているツチ族を打倒しなければ、真の民主主義は達成できない!」と、熱く語る。実際、「フツ族による革命」を支持していた西洋諸国の出身者も少なくなかったらしい。ニュースでは各国軍の動きも伝わってきて、虐殺の背後で様々な国外の勢力の利害が絡み合っていることにも気づかされる。

新聞の紙面では、最近になって、急にアフリカが近くなったようである。ルワンダはその後、IT産業を主力に急速な成長を遂げたとされ、今月はじめに開かれていた「アフリカ開発会議(TICAD)」でも、注目の的だった。日本経済新聞の一面でも、この「ルワンダの奇跡」を扱った記事が出ていた。5月3日付けの日本経済新聞の記事によれば、アフリカに住んでいる日本人は約8100人。それに対して中国人は15万人を超える。アフリカ向け直接投資額も、中国は日本の7倍だという。「虐殺を乗り越えて経済成長を成し遂げた」という美談が、アフリカへの投資の起爆剤となるのも悪くはないだろう。だが、ルワンダの本当の「近さ」を感じない限り、真のパートナーとなるのは難しいだろう。


【映像】『黄金の馬車』アーティスト・トーク ゲスト:武富健治氏 2013年6月15日

6月15日(土)の『黄金の馬車』アーティスト・トークは、
漫画家の武富健治さんをゲストとしてお迎えしました。

原作であるプロスペル・メリメの「サン・サクルマンの四輪馬車」を読み、
ジャン・ルノワールの映画「黄金の馬車」もご覧になってきたという
予習バッチリの武富健治さん。

かつて演劇活動に関わっていらしたという武富さんが
「漫画って映画より演劇に近いと思う」と言われるその意味とは――。

宮城が演劇をはじめたときの話から、
今回なぜ「古事記」を取り上げたのか?などなど、
笑いに包まれたトークをぜひお聴きください!


2013年6月18日

<制作部よもやまブログ#42>【映像】大岡淳によるポーランド演劇入門!(「まるふ」演目紹介⑨『母よ、父なる国に生きる母よ』2)

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2013」第4週の今週末(6/22・23)、
ポーランドから『母よ、父なる国に生きる母よ』がやってきます!
しかしポーランドといっても、あまりなじみのない方が多いのではないでしょうか。
2012年の「ワルシャワ演劇祭」で本作を観劇したSPAC文芸部の大岡淳より、
ポーランド演劇の歴史と魅力を40分でお伝えします!
この映像をご覧いただいたあとに公演をご観劇いただければさらにお楽しみいただけるはずです!
ぜひご覧ください!!

【WEB配信ミニ講義】ポーランド演劇入門 講師:大岡淳(SPAC文芸部)

6/22(土)・23(日)『母よ、父なる国に生きる母よ』チケット販売中!
*6/22(土)は残席わずかです。ご希望の方はお早めにご予約ください。

★ワルシャワ演劇祭のレポートはコチラからご覧いただけます。
ブログ-日本軽佻派大岡淳と申しますっ!
「ポーランド演劇の現在――WARSAW THEATER MEETINGS観劇報告」

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<ポーランド演劇入門:参考資料>

◆イェジー・グロトフスキ
(Jerzy Grotowski/1933年~1999年)

ポーランドの演出家。「貧しい演劇」を提唱、簡素で禁欲的な空間において、徹底した訓練によって成立する、俳優の肉体の表現を重視した。

1933年 ジェシュフ生まれ。
1951年 クラクフの国立演劇大学俳優学科入学。スタニスラフスキーを学習。
1955年 モスクワの演出高等学院に留学。メイエルホリドを学習。
1956年 中央アジアを旅行し、インド哲学に触れる。ポーランドへ帰国。学業の傍ら、演出助手を務める。
1959年 実験劇場(Teatr Laboratorium)をオポーレに創設。この後、ジャン・コクトー作『オルフェウス』、カーリダーサ作『シャクンタラー』、ヴィスピアニスキ作『アクロポリス』等を演出。1962年に初演された『アクロポリス』で、グロトフスキの提唱する「持たざる演劇」が初めて具現化された。
1963年 ワルシャワで開催されたITI(国際演劇協会)総会で、実験劇場で演出助手を務めていた、イタリアの演出家バルバによりグロトフスキの文書が配布され、話題を呼ぶ。このときグロトフスキはクリストファー・マーロウ作『フォースタス博士』を上演しており、成功を収める。
1964年 ジャック・ラングにより、第2回ナンシー演劇祭審査員として招かれる。
1965年 実験劇場をヴロツワフに移す。
1966年 リチャード・シェクナーが教授を務めるニューヨーク大学に招かれる。
1967年 カルデロン作、スウォヴァツキ訳『不屈の王子』によって成功を収める。20世紀史上の最重要作に数えられる。
1969年 最後の演出作品となる『姿のある黙示録』を上演。
1984年 実験劇場を解散してアメリカに移住。
1985年 イタリアに拠点を移し活動を継続。様々な大学で教鞭もとる。
1999年 白血病により死去。


◆タデウシュ・カントール
(Tadeusz Kantor/1915年~1990年)

ポーランドの演出家、画家、舞台美術家。前衛的・革新的なパフォーマンスにより、ポーランド内外で高い評価を得た。

1915年 ヴィエロポーレ生まれ。クラクフ美術大学で絵画と舞台美術を専攻(1933-39)。構成主義、バウハウスに傾倒。
1942年 ドイツ占領下のクラクフで、若い画家のグループと共に地下劇場を結成し、全ての芸術活動に対するドイツの禁止令の下で、活動を展開。
1944年 ヴィスビャンスキ作『オデュッセウスの帰還』を地下劇場で演出。
1947年 奨学金を得て1年間パリに滞在。
1948年 戦後初めてのポーランド現代美術展を企画。クラクフの美術大学の教授に任命。
1949年 社会主義リアリズムの押しつけに対し、公式な文化活動への参加を拒否。教授職を取り消される。
1955年 クラクフの「美術家の家」に劇団クリコット2を結成。
1956年 戦後初めてのヴィトカッツィ公演である『烏賊』を初演。
1969年 ブレドで「不可能の演劇」に取り組む。
1975年 クラクフのクシシュトフォリ画廊で『死の教室』初演。「死の演劇」宣言を著す。
1976年 アンジェイ・ワイダが『死の教室』を映画化。
1982年 『死の教室』を、富山県の利賀フェスティバル、東京のパルコ劇場で上演。
1990年12月8日 クラクフで急逝。



●ポーランド現代史年表

1) 第2次大戦終結まで

1918年 ドイツ、第1次大戦に敗北
 → ポーランド共和国樹立
1939年 9月 ナチスドイツ、ポーランド侵攻
 → ドイツ・ソ連による領土分割
1944年 8月 ワルシャワ蜂起、市民20万人死亡
1945年 第2次大戦終結 → 国民統一臨時政府樹立                


2) 共産主義時代

1948年 ソ連の後援によりポーランド統一労働者党(共産党)結成
 → 一党独裁体制へ
1952年 社会主義憲法制定、国名をポーランド人民共和国に
1956年 フルシチョフによるスターリン批判 → ポズナニ暴動
 → ヴワディスワフ・ゴムウカ、党第一書記に就任し自由化を進めるが、のち、自由化運動を弾圧
1968年 チェコ事件(プラハの春) → ゴムウカ、ソ連と協調
1970年 グダニスク暴動 → ゴムウカ失脚し、エドヴァルト・ギエレク、党第一書記に就任 → ギエレク、経済開放進め西側から外資導入し経済成長実現 → 債務増加と物価上昇により70年代半ばから経済停滞
1980年 政府による食肉価格値上げに対する全国的ストライキ → 東側諸国で初めての自主管理労組「連帯」結成 
→ 電器技師レフ・ヴァウェンサ(ワレサ)を指導者として、1000万人を擁する巨大な社会運動へと勢力拡大、ポーランド統一労働者党は党員300万人の約3分の1が離党
1981年 4月 ブレストでソ連との秘密会談
 → 12月 ヴォイチェフ・ヤルゼルスキ、首相と党第一書記を兼任し、戒厳令を施行
1982年 ヤルゼルスキ、経済改革関連法整備
 → 経済改革進めるも好転せず
1985年 ゴルバチョフ、ソ連共産党書記長就任 → ペレストロイカ(改革)・グラスノスチ(情報公開)開始 
→ ポーランドも漸進的に民主化へ
1987年 経済改革推進や市民権拡大の是非を問う国民投票 → 国民はこれを否決


3) 東欧民主化以後

1989年 党第10回中央委員会総会で政治的多元主義と労働組合複数主義を容認する決議
 → 円卓会議により政治改革(民主化)・経済改革(自由化)実施
    → 6月、総選挙の自由選挙枠で「連帯」が圧勝
 → ヤルゼルスキ、大統領就任、「連帯」のタデウシュ・マゾヴィエツキ、首相就任
    → 9月、「連帯」系閣僚を中心とした、東欧初の非共産党政権誕生
    → 12月、憲法改正し、国名をポーランド共和国に
1990年 旧共産党系勢力を一掃し、脱社会主義化を推進
1991年 ヴァウェンサ(ワレサ)、大統領就任 → 「連帯」分裂し、短命な中道・右派の連立政権が続く
1993年 旧共産党系の民主左翼同盟が総選挙で勝利、左派政権成立
1995年 民主左翼同盟のアレクサンデル・クファシニェフスキ、大統領就任
1997年 総選挙で「連帯」を中心とする「連帯選挙行動」勝利、非共産党系連立政権成立
1999年 北大西洋条約機構(NATO)加盟
2001年 総選挙で左翼民主連合・労働同盟連合が勝利、再び左派政権成立
2004年 欧州連合(EU)加盟
2005年 総選挙で旧「連帯」系の流れを汲む右派の「法と正義」の少数単独内閣が誕生、大統領選も同党のレフ・カチンスキが当選
2007年 総選挙で中道右派「市民プラットフォーム」が勝利、中道右派小政党「ポーランド国民党」と連立し、「市民プラットフォーム」のドナルド・トゥスク、首相就任 → 世界金融危機に直面するも巧みな経済運営により景気後退回避
2010年 政府専用機墜落事故 → 「市民プラットフォーム」のブロニスワフ・コモロフスキ、大統領就任
2011年 総選挙で与党「市民プラットフォーム」が勝利、「ポーランド国民党」との連立政権を維持し、第2次ドナルド・トゥスク内閣が発足
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2013年6月13日

【映像】『黄金の馬車』アーティスト・トーク ゲスト:柳家花緑氏 2013年6月8日

6月8日(土)の『黄金の馬車』アーティスト・トークは、
落語家の柳家花緑さんをゲストとしてお迎えしました。
以前から宮城聰の演出作をご覧いただいているという柳家花緑さん。
「幸せな時間を過ごせた」とのお言葉をいただきました。

トークは、演技スタイル(“言動分離”と“言動一致”)から、
落語界にも通じる「観客との関係」などなど、盛りだくさんの内容となりました。

ぜひお聴きください!


2013年6月5日

ふじのくに⇄せかい演劇祭2013、ドイツ・東欧特集!?

横山義志(文芸部)

今年のふじのくに⇄せかい演劇祭はちょっとしたドイツ・東欧特集である。今週末6月8日(土)・9日(日)にベルリン・フォルクスビューネの『脱線!スパニッシュ・フライ』があり、6月22日(土)・23日(日)にはポーランドの『母よ、父なる国に生きる母よ』がある。実は、SPACでドイツ・東欧の大規模な作品をやるのは、ほとんどこれがはじめて。

フランスに住んでいたときにはよくドイツ・東欧の作品を見ていて、フランスの作品と比べても、俳優の演技もスタッフワークも質が高く、内容も深いものが多いので、なんで日本ではあまり見られないのだろうかと思っていた。だが、実際に招聘に関わることになって、その理由がよく分かった。招聘する側の都合からしてみれば、しっかりしすぎているのだ。

ヨーロッパでも、西と東では、公共劇場の形態がかなり異なっている。ドイツと旧「東側諸国」では、劇場の仕組みが似ていて、大きな都市にはほとんど必ず、専属の劇団がついた立派なレパートリーシアターがある。この場合のレパートリーシアターというのは、SPACとはちょっと違って、たとえば昨日『ハムレット』をやっていて、明日は『オイディプス王』、明後日は『ファウスト』、その次は『トレインスポッティング』をやっている、といった具合で、一週間単位で見れば、毎晩別の作品をやっている。このようにして、一度作った作品を、何年も上演しつづけるわけである。だから舞台装置も、何年も使いつづけられるように作られている。

一方、もっと西のフランスやベルギーでは、一年か二年に一回新作を作り、一本の作品を一年か二年かけて、あちこちの公共劇場で上演して回る、という形態が多い。たぶんスイス、イタリア、スペインでもこのタイプの劇団が多いのではないか。この場合、劇団が劇場に所属しているとしても、それは作品製作の拠点としてであって、ずっとその劇場にいるわけではなく、ツアーしている時間の方が長くなる。だから舞台装置も、ツアーすることを前提に、持ち運びやすいように作られている。

便宜的に、前者を「東欧型」、後者を「西欧型」としておくと、財政基盤においても、東欧型の公共劇場付属劇団は、基本的にはその劇場で、その地域の観客のために良質の作品を提供するのが最大の使命で、それを維持するために、国や地域から大きな助成金が与えられている。とはいえ、そこで本当に質の高いものが作られていれば、他の地域の観客も見たくなるし、その地域の文化を宣伝するためにも、自分の殻に閉じこもってしまわないためにも、国内や国外の演劇祭に参加することもある。だが、これはあくまでも副次的な仕事になる。

それに対して、西欧型の劇団では、そもそも一つの劇場で一ヶ月間上演したくらいでは経済的に成り立たず、新作を準備する時点で、共同製作に加わってくれる他の劇場を見つけて、ツアー先を確保しておかなければならない。劇場の側から見れば、その劇場の芸術監督が率いる劇団によって上演される作品をやるのは、多くても一年のうちの二ヶ月くらいで、残りの期間は、他の作品を買ったり、共同製作に加わったりして、ツアーで来る作品を受け入れるのが主になる。だから、招聘する作品を選ぶ、というのも、芸術監督の仕事のうちの大きな比重を占めている。SPACの形態は、東欧型と西欧型の、いわば中間的な形態だと言える。

というわけで、「東欧型」公共劇場付属劇団の作品というのは、おおまかに言えば、あんまりツアーするようにはできていないわけである。舞台装置は重厚長大型が多いし、助成金が手厚いこともあって、技術スタッフの数も西欧型の劇場よりずっと多い。結果として、10人前後の出演者に、20人近い技術スタッフがついてきたりする。しかも組合もしっかりしているので、ツアー時でも、簡単に人を減らしたりはできない。陸続きのヨーロッパであれば、舞台装置やスタッフの移動もなんとかなるが、東洋の島国まで持って来ようとなると、なかなか大変なのである。

今回は東京ドイツ文化センターやポーランド文化センターの方々がとても熱心に応援してくださったので、どうにか実現できたが、かなりハードルが高かった。だが、公演が行われる前から言うのもなんだが、これを機会に、今後はもっとドイツ・東欧の作品を取り上げていきたいと思っている。

何よりもまず、作品の質が高い、というのが最大の理由だが、それだけではない。「今、東欧が熱い!」と思っている人はあんまりいないだろうが、実際に旧東ドイツ(フォルクスビューネは旧東ベルリンの劇場である)や東欧の作品を見てみると、そこには、今の世界の仕組みが抱えている矛盾が、非常に先鋭的な形で現れているのを感じる。ベルリンの壁が崩壊したときには世界中が熱狂したが、その後二十年以上経って、「自由化」した旧東側諸国の人たちはどうなったのか。

『脱線!スパニッシュ・フライ』『母よ、父なる国に生きる母よ』も、どちらもとても楽しく見られる作品だが、今の世界の生きづらさについて、いろいろ考えさせられる作品でもある。


2013年6月3日

<制作部よもやまブログ#40>「まるふ」演目紹介⑦『脱線!スパニッシュ・フライ』2

こんにちは、制作部の山川です。
5月8日・9日に東京と静岡で開催された『鉄板!ドイツ王道喜劇論』、両日程ともに無事に終了いたしました!今まさに開催されている『ふじのくに⇄せかい演劇祭2013』で静岡に招聘する『脱線!スパニッシュ・フライ』来日公演のプレイベントとして開催した今回のイベント。ドイツ演劇研究家の市川明先生とSPACが誇る喜劇俳優の三島景太という異色のトークショーでは、「ウケるまでやりつくす」というこの舞台の面白さが紹介されるなど、多くの皆様に関心を持っていただけたようです。

トークの中で、市川先生は『脱線!スパニッシュ・フライ』の作品内容について“まさにオレオレ詐欺”と表現され、それでいて“たわいもないストーリーの中に日常や社会性が隠されている、天真爛漫なフィジカルなコメディーである”などなど、実際にこの舞台をご覧になった方ならではのお話をしてくださいました。

talk1 ©有限会社SIZE
(左)三島景太 (右)市川明先生

それに対して我らがSPAC俳優の三島は、俳優ならではの視点から作品を分析。
フォルクスビューネの俳優の“命がけで観客を笑わせる”という“命がけ感”、そこから放たれる“常にMAXな生と肉体のエネルギー”にただ感銘した、と熱弁。
また、そういった身体を張った“フィジカルコメディー”を自身が演じる上でのポイントを実際に舞台上でやってみせる等、“企業秘密”ともとれるワザを惜しげもなく披露。
観客のみなさまも興味深く聞いていらっしゃいました。

talk2 ©有限会社SIZE

静岡会場では抽選会も行われ、SPACからは『脱線!スパニッシュ・フライ』の観劇ペアチケット、会場であるサールナートさんからは映画鑑賞券、共催者の複合型エステサロン・アルテステさんからはエステ券とアンペルマンのトートバッグが景品として出される等、豪華なプレゼントに会場からは歓声が沸き起こりました。中でもエステ券が当選した女性は「エステ券がほしいです、お願いします!」と本気で祈っていたそうで、番号を引いた市川先生に後ほど直接お礼をしていらっしゃいました。

talk3 ©有限会社SIZE

ご来場いただいたみなさまにはSPACからドイツグミの代表とも言える“HARIBO”をプレゼント☆また、静岡会場ではフォルクスワーゲン静岡平和店さんのご協力をいただいて“up!”の展示・試乗体験、アルテステさんによるハンドマッサージのサービス・アンペルマングッズ販売等、ドイツ色満載!
笑顔いっぱいの会場となりました。

talk4 ©有限会社SIZE

talk5 ©SPAC

さて、『脱線!スパニッシュ・フライ』の公演もとうとう今週末に迫ってきました!

『脱線!スパニッシュ・フライ』
<日時>6月8日(土)・9日(日)15時開演
(8日は完売間近!お早めに!)
<会場>静岡芸術劇場

カンパニーのメンバーもついに明日から来日します!
ベルリンからやってくるドタバタ喜劇!
ドイツの俳優たちが命がけで笑わせる姿を、ここ静岡で観てみませんか?
貴重な来日公演、ぜひお見逃しなく!


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