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2019年4月22日

ピッポ・デルボーノが語る今作への思い

去る3月19日に、「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」「ふじのくに野外芸術フェスタ2019」および「ストレンジシード静岡」の東京記者発表会を行いました。
『歓喜の詩(うた)』構成・演出のピッポ・デルボーノさんは、同日アートフェスティバルに参加されるため香港に滞在しており、特別にビデオ通話でご参加いただきました!
今回のブログでは、記者発表で語られた本作への思い、そして宮城が語った期待をご紹介します。
 
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『歓喜』というのは一つの「人生の旅」です。
ジャンルーカ・バッラレーという俳優が、「心の苦しみというのはいつか去っていくだろう。そして歓喜が訪れるだろう。」と言うのですが、これが私の考える「歓喜への道のり」ということになります。
今この時代に、「歓喜」というタイトルで演劇を上演するのは非常に難しいと思っています。非常にレトリックのある言葉なんだけれども、でも「歓喜」という言葉を語るのが難しい今の時代だからこそ、「歓喜への道のり」を私は一緒に創作を行っている劇団員や音楽、言葉、さらにはダンス、現代芸術のインスタレーション的な舞台装置を使って物語りたい。
この作品は苦しみに満ちた叫び声ではじまります。それは傷のような、なにかが壊れてしまったような、そういう叫び声から始まるんですけれども、それは私が考える「歓喜」というのが、問題がなにもないというような状態、よく考えられるような喜び一般を指しているのではなく、”苦しみを超えた先にあるもの”というコンセプトだからなんです。
先ほども映像で見ていただいたように、舞台の上には紙で覆った船や布などが置かれて、最後に花が登場します。この花というのはわたしのイメージの中では蓮の花です。皆さんもよくご存知であるように、蓮の花というのは、泥の中から美しい花を咲かせる。つまり、苦しみの中から花が生まれるというようなイメージです。イタリアを代表するシンガーソングライターで、ファブリツィオ・デ・アンドレという人がいるんですけれども(デルボーノさんと同じリグーリア州の生まれ)、彼の歌のなかでも以下のような歌詞があります。
dai diamanti non nasce niente, dal letame nascono i fior
(ダイヤモンドから生まれるものは何もない、肥えだめから花が生まれる)

 
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「2007年に上演した『沈黙』のなかでベートーヴェンの「手紙」が出てきましたね。
今回の『LA GIOIA』というタイトルを見たときにも、ベートーヴェンのことを思い出しました」
という呼びかけに対し、デルボーノさんは
「もちろんベートーヴェンというのはこの作品のなかに深く影響している。やはりベートーヴェンも耳が聞こえないなかで「歓喜の歌」という最高傑作を創りあげたわけです。耳が聞こえない中で美しい音楽を作り上げる、というのは、私たちが苦しみのなかにいて歓喜ということについて考えるのとまったく同じ、いわばパラレルな状態です。」と応答。
 
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会場からは、3度目となる演劇祭参加について、静岡やSPACについての感想をという質問がありました。
ピッポ・デルボーノさんは、
「わたしはとても日本を愛していて、特に静岡、宮城さんに対して非常に大きな愛情を抱いています。3回もフェスティバルに呼んでいただいて本当に感謝しています。日本を愛しているのはなぜかというと、日本というのは大きな苦しみと優しさ、両方を持ち合わせた国だと考えているからです。苦しみ、そして賢明さというものが同時に存在している、日本に来ると自分の家に戻ったような気もするんです。」
と答え、2007年の、今でも語り草となっている雨の中での野外上演についても、忘れられない出来事になったと語ってくれました。
(関連ブログ:2017年【5/1演劇祭レポート】静謐な楕円堂にこだまするピッポ・デルボーノの魂の叫び…!『六月物語』
 
 
また、記者発表の最後にも、宮城はピッポ・デルボーノさんへの思いを語りました。
 
「僕がSPACに来てから13年になりました。2007年に着任してすぐに演劇祭に招聘したのが、ピッポ・デルボーノさんだったんです。彼と僕は同い年で色々なところで非常に共感するし、ライバルという気持ちもある、常に意識している存在なんですね。
その年、彼のたくさんのレパートリーのなかから厳選して、『戦争』と『沈黙』という2作品を上演してもらいました。そして彼が昨年作ったのが『歓喜(の詩)』。
デルボーノさんにとって、ミューズと言ってもいいかな、創作のパートナーでありイメージの源泉であったボボーさんという言葉の話せない俳優がいました。ボボーさんは二十数年施設に入っていて、そこで行われたワークショップでデルボーノさんとボボーさんは出会い、その後デルボーノさんはほとんど施設から奪うようにして、自分のカンパニーのメンバーにしました。そのボボーさんが今年の2月に亡くなりました。デルボーノさんの創作の一つの円環がここで閉じられた、というわけです。
 『戦争』『沈黙』そして『歓喜』、これがピッポ・デルボーノというアーティストの大きな輪を示しているのではないか。もちろんこの先デルボーノさんがボボーさんを亡くした後、新たな創作の道に入っていくことを期待しているけれども、ボボーさんと二人で歩んでいたあの道の一つの回顧を、この『歓喜の詩(うた)』という作品で見せてくれると思っていて、それも僕にとっては感慨深いことです。」
 
 
『歓喜の詩』初演で重要な役割を演じられていたボボーさんですが、本公演では<声の出演>として登場されます。
 
そこに関わるたくさんの人たちの思いが詰まった舞台の祭典「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」。その最後を飾るのが本作『歓喜の詩』です。
苦しい過去、辛い現在、不安な未来、そんなものを乗り越えて、誰もが人生に幸せの華を咲かせられる。明日からまた、希望に満ちた一歩を踏み出せる。
新しい元号が始まる、この大型連休の最終日に、祭りの最後の締めとして、ぜひ、本作を劇場でご覧ください。
きっと連休明けの平日の朝も、穏やかな気持ちで迎えられるはず!
 
▼『歓喜の詩(うた)』作品トレーラー

 
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『歓喜の詩(うた)』
構成・演出:ピッポ・デルボーノ

公演日時=5/5(日・祝)、6(月・休)各日13:00 ★5日は残席僅かとなっております。ご予約はお早めに!
会場=静岡芸術劇場
上演時間=100分 ※イタリア語上演/日本語・英語字幕
*詳細はコチラ
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2019年4月21日

【レポート】「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」キックオフミーティング

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」開幕まであと1週間を切りました!
おかげさまで前半27日~29日の4作品は、28日の『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』をのぞいて完売・キャンセル待ちとなりました。
4/22追記:『Scala』4/24に追加販売する若干枚数を除いて、前半の作品は全公演完売御礼となりました!『Scala』追加販売の詳細はこちら

後半も残席僅かの公演がございます、ぜひお早めにご予約ください!
詳しいチケット販売状況はこちら

去る4月13日に、演劇祭関係者が一同に会するキックオフミーティングを開催しました!
ボランティアスタッフ「シアタークルー」の皆さんや、関連企画「ストレンジシード静岡」の関係者など、総勢約80名が静岡芸術劇場に集結。(昨年より20名増!)

最初に芸術総監督・宮城聰よりご挨拶。
 
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「みなさんお集まりいただきありがとうございます。僕は猪年の生まれなんですけれども、SPACに着任した2007年が猪年だったんですね。ちょうど一回りして13年目に突入しました。自分で言うのもなんですが、SPACの充実を今日のこの日も実感しています。
僕は自分の芝居をつくることも一生懸命やらなくちゃいけないけれども、作品を作っているだけでは”こんなことやっていても自分の独りよがりなんじゃないか”って疑念が湧いてくるんですね。でも今日のように皆さんが集まってくださったり、我々が街に出たときに声をかけられたりしていくなかで、まったくの独りよがりとも言えないな、少しは社会に関係しているのかなと感じて、嬉しく思っています。
今日だけでなく、フェスティバルの最後の日まで、どうぞよろしくお願いいたします!」

 
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俳優もスタッフも混じってわいわいレクリエーションしつつ交流。
 
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5月3日(金・祝)~6日(月・休)に開催する「ストレンジシード静岡」のプログラムディレクターを務めるウォーリー木下さんも駆けつけてくださいました!
「ストレンジシード」は静岡の街が劇場になるストリートシアターフェスティバル。今年は初めての海外勢含む全26組が参加します!
詳しくはこちら。http://www.strangeseed.info/
 
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「フェスティバルgarden」「フェスティバルbar」のプロデュースを手掛けるスノドカフェ代表・柚木さんも参加してくださいました!
「フェスティバルgarden」では特別に、地元の人気自家焙煎珈琲豆販売所「島仙珈琲」代表のロースター田中氏がブレンドした珈琲「マダム・ボルジア ブレンド」を販売!キックオフミーティングではその試飲会を行いました。珈琲豆も限定数販売予定だそうです。『マダム・ボルジア』観劇の記念にぜひどうぞ!
 
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そして中盤に差し掛かり、『マダム・ボルジア』チームが階段から登場!
 
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劇中のシーンの一部をキックオフミーティング特別バージョンで披露し、会場は大盛り上がり。
気になる全貌はぜひ駿府城公園でご覧ください!

さらに続いて、『ふたりの女』チームも登場!
 
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写真を見てわかる通り、すごい勢いで会場を巻き込み作品を宣伝。(笑)
そしてあっという間に参加者全員を誘導し、みんなで集合写真!
「ふじのくに⇄せかい演劇祭」開幕に向けて団結を深めた1日となりました。
 
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2019年4月17日

竹千代と石合戦@静岡まつり

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みなさま初めまして。この春からSPAC制作部の一員となりました、入江と北堀です。本日のブログは、この新人2人がお届けいたします。どうぞよろしくお願いいたします。
 

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▲北堀(左)、入江(右) 初の現場でワクワクしております。北堀は静岡県出身です!
 
桜がとてもきれいなこの季節。4月5日(金)~7日(日)に駿府城公園で開催された「静岡まつり」へ、今年も参戦しました。今回は、それについて書いていきたいと思います。(*SPACの出演は、4月6日(土)、7日(日))
 
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▲楽屋にて、出演前のSPAC俳優たち。がんばります!
 
今回上演した作品は、SPAC俳優による出前芝居『竹千代と石合戦』
静岡まつりが徳川家康にちなんだお祭りということで、SPACも家康がまだ竹千代だった頃のお話を駿府大演舞場にて上演しました。
 
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▲出演者:(左から)吉見亮、武石守正、石井萠水(上)、春日井一平(下)、舘野百代、仲村悠希
 
SPACの舞台といえば生演奏!
他の静岡まつりの演目でも見たことがないような楽器が登場し、役者は演じる傍ら楽器演奏もしました。
また、今回の衣裳が和服ということで海外の方も足を止めて観てくれ、写真を撮っていたのが印象的でした。
7日お昼の公演は、とても暖かく、前日よりもたくさんの方が観に来てくれました。
 
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また7日の公演後には、使用した楽器の紹介も行いました。
今回の公演は、普段からSPACを観に来て下さる方にとっても貴重な機会となったのではないでしょうか。 
 
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2日間の公演は無事終了。劇場の公演と違い、今回は道行く人々にも見てもらえたのでSPACを知ってもらう機会となり、多くの方に興味を持ってもらえたのではないかと思います。
さて、今度のゴールデンウィークには、なんと、この駿府城公園で、SPAC新作野外劇『マダム・ボルジア』を上演いたします!
(日々のクリエーションの様子は、Instagramとブログにて発信中です!)

 
そのほかにも、美味しい地ビールや珈琲、静岡のソウルフードなどが、緑に囲まれながら楽しめるコミュニティースペース「フェスティバルgarden」や、同時多発的に、演劇やダンス、パフォーマンスが行われるアウトドア劇場体験「ストレンジシード静岡」が開催されます。静岡まつりとはまた違う賑わいをもたらしますのでどうぞお楽しみに!
静岡駅から徒歩15分で来ることができる駿府城公園で、一緒にこのお祭りを盛り上げませんか?お待ちしております!!

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▲フェスティバルgardenチラシ(クリックするとPDFが開きます)
 
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『マダム・ボルジア』
構成・演出:宮城聰/作:ヴィクトル・ユゴー/訳・翻案:芳野まい/音楽:棚川寛子/振付:太田垣悠/出演:SPAC
公演日時=5月2日(木・休)、3日(金・祝)、4日(土・祝)、5日(日・祝)各日18:45開演
会場=駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
上演時間=未定(120分以内) ※日本語上演/英語字幕
詳細はこちら
 
「フェスティバルgarden」
日時=5月2日(木・休)、3日(金・祝)、4日(土・祝)、5日(日・祝)各日11:00~18:30
会場=駿府城公園 東御門前広場
★5/4(土・祝)16:20~17:20「広場トーク」開催!詳細はこちら
 
「ストレンジシード静岡」
日時=5月3日(金・祝)、4日(土・祝)、5日(日・祝)、6日(月・休)各日11:00~18:30
会場=駿府城公園、静岡市役所・葵区役所など静岡市内
詳細はこちら
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2019年4月15日

『マダム・ボルジア』ブログ4 〜棚川音楽の魅力に迫る!後編〜

こんにちは。
制作部の宮川です。
 
『マダム・ボルジア』の初日まで、あと20日となりました!
稽古場では少しずつ作品の全貌が見え始め、音楽や仮の舞台装置と合わせての通し稽古が進められています。
 
中でも劇中の見所の一つである俳優たちによる生演奏は、日々積み重ねられていく稽古により、どんどん磨き上げられていく様子が見られます!
 
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今回のブログでは、前回に引き続き棚川音楽の魅力に迫っていきます!
演奏を担当する俳優たちの中で、指揮やメロディーパートなどを担っている森山冬子さんに、劇中で演奏をすることの魅力について、俳優ならではの視点からお話ししてもらいました♪
 
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▲指揮をする森山さん。手を使ってリズムや小節を演奏者へ伝えます。
 
 
大学時代は音大で声楽をやっていたという森山さん。
 
棚川さんと始めて創作した時は、楽譜を使わずに“口伝え” で曲を作っていくことにとても驚いたそうです。
「楽譜を見て演奏するのではなく、一人が演奏しているフレーズの上に他の人がどんどん音を重ねていくので、(音楽が)立体的に仕上がります。実際に音が立ち上がっていく様子が見えるのが面白いんです。」と教えてくれました。
 
演奏稽古を見ていていると、曲の出来上がるスピードの早さ、そして棚川さんが一人で曲を作るのではなく、俳優一人ひとりが共同作業で曲を立ち上げていくことに驚きます。ちなみに楽譜の覚え方は俳優それぞれ違うそうで、台本に直接書き込む人もいれば、棚川さんが実演している様子を撮影し、手の運びなどをコピーしている人もいるそうです。
 
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そして、より難しい本番での演奏。普段の稽古場とはうって変わって、独特の空気が舞台上に流れる中で、音楽を奏でていく難しさがあります。
「本番中に一番気をつけているのは、自分を閉じないこと。(指揮をするポジションにいることが多く、)自分の背面で芝居が行われていることが多いので、実際には見えないけど、よく聞いて、なるべく感覚を360度開くことを心がけています。見えてなくても感じる。他の俳優の空気を読むことで、より芝居と一体化した、セリフを喋っているかのような演奏をすることができます。セリフを発する俳優の呼吸は毎回異なりますが、自分も俳優なのでセリフとの絡みやこの場でこの音が欲しいとかが、わかる。プロの人の演奏に比べたら、私たちはまだまだですが、間を取るとか俳優の息遣いを汲み取ることが出来るのは、俳優が演奏をやっているならではの事かな、と思います。」と、SPACの俳優だからこそ出来る音楽劇の魅力を語ってくれました!
 
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▲役者との合わせ稽古にて。セリフに合わせた音のボリューム調整や、”止め” などを確認していきます。
 
「一音だけ音を発しなければいけない場面も難しいです。空間の中にどう音を置くか?考えすぎてしまい、渾身の一音を外してしまうときもあったりします(笑)。でも、セリフとうまく絡めた時や、客観的に見ながらも気持ちよく演奏出来た時、空間と一緒に音楽を演奏できた瞬間はとても嬉しいです。」と、笑顔で答えてくれました!
 
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▲演者の動きを見て一音一音、慎重に音を出していきます。
 
インタビューを行なった日のリハーサルの最後には、棚川さんから演奏隊へ向けてエールが。
「一音叩くのと、一つのセリフを喋ることは同じです。曲はループしているものを演奏しているし、セリフも決められたものを喋っている。なので、強弱や抑揚をつけたりする工夫は俳優一人一人がやる仕事。台本が頭に入ってくれば自然とシーンに沿った音を叩けるようになります。繊細かつ、でも大胆に演奏してもらいたい!」
和やかに、でも力強くエールを送っていたのが印象的でした。
 
稽古の最中では、話し合う姿もたくさん見られ、チームワークの良さを見せながらも、どんどんブラッシュアップを続けていく演奏隊。
観客の皆様にはぜひぴったり息の合った、力強い演奏を演技と共に楽しんでいただきたいです!
 
公演チケットは、すでに沢山のご予約を頂いていますが、まだまだ絶賛販売中です♪
ゴールデンウィーク後半はぜひ駿府城公園へ!!
 

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『マダム・ボルジア』
構成・演出:宮城聰
作:ヴィクトル・ユゴー
訳・翻案:芳野まい
音楽:棚川寛子
振付:太田垣悠
出演:SPAC

公演日時=5月2日(木・休)、3日(金・祝)、4日(土・祝)、5日(日・祝)各日18:45開演
会場=駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
上演時間=未定(120分以内) ※日本語上演/英語字幕
*詳細はコチラ
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2019年4月5日

『マダム・ボルジア』ブログ3 ~棚川音楽の魅力に迫る!前編~

みなさん、こんにちは。
制作部の宮川です。

『マダム・ボルジア』の初日まで約1ヶ月。
3月15日からスタートした稽古は、早いもので3週間が経過しました。
現在は静岡芸術劇場内へ稽古場所を移し、4月末から始まる駿府城公園での現地リハーサルへ向けてより具体的な構想のもと、創作が進んでいます。

さて、宮城作品の見どころの1つといえば、何と言っても俳優たちによる生演奏ですよね!
劇中の迫力ある演奏は、芝居をより一層盛り立て、観客をあっという間に作品の世界へと引き込みます。演奏を楽しみに、宮城作品を観にいらっしゃるお客様も多いのではないでしょうか?

今回と次回のブログでは前編・後編に分けて、演奏隊の魅力に迫っていきます!
今回も舞台音楽を担当しているのは、長年、宮城作品の制作現場に立ち会い、音楽によって作品の魅力を引き出し続けている棚川寛子さん。
そんな棚川さんに、新作『マダム・ボルジア』の舞台音楽について、まだまだ制作途中ですが構想を聞いてみました。

◇棚川さんが登場している過去のブログはこちら↓
・【シェイクスピアの『冬物語』稽古場ブログ#3】舞台音楽家・棚川寛子インタビュー【前編】
・【シェイクスピアの『冬物語』稽古場ブログ#4】舞台音楽家・棚川寛子インタビュー【後編】
『夜叉ヶ池』舞台音楽 棚川寛子さんインタビュー(2012年)

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▲絶賛創作中の棚川さん

 
かのヴィクトル・ユゴーが描いた戯曲『ルクレツィア・ボルジア』はイタリア・ルネサンス期が舞台ですが、今作は物語の設定を織田信長が生きた戦国時代後期に置き換えて描かれています。なので当然、物語に登場する地名や人物の名前がTHE・JAPANESEに変換されて描かれています!

よって、音楽も「和」テイストなのか?と思いきや、今回は敢えて「和」のテイストを前面に押し出さずに曲作りをしているそう。

「台本に出てくる固有名詞は「和」だけど、逆に音楽は「和」を意識しないで作っています。だってその方がギャップあって面白いでしょ?」と遊び心たっぷりの棚川さんらしい回答が返ってきました。

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▲曲を作る際には、棚川さん自らが演奏し、出来上がったリズムやメロディーなどを俳優たちにコピーさせて、どんどん音を重ねていく様子が見られました。

 
また、いつもは静かな音楽を作ることが多いそうなのですが、今回は珍しく明るい曲が増えそうだと話していました!特に、冒頭は派手で華やかな「ジプシー音楽」をイメージして作っているとのこと。実際の創作では太鼓、ピアニカ、笛など様々な種類の楽器を使って曲作りを行なっていて、音色豊かな音楽に仕上がっていました!

どのようなシーンで演奏されるのかは、観てからのお楽しみに♪

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▲棚川さんから次々と出される指示に対して、即座に反応していく俳優たちのチームワークは圧巻です!

そして、最後に。

棚川さんからみた今作品の見どころを聞いてみると、「見どころは全部!と言いたいところだけど(笑)、あえて言うなら “音楽とセリフのコンビネーション” かな。演奏隊全員がセリフを聞いて、その内容や俳優の呼吸に沿わせて音楽が演奏されていく。セリフと音楽の融合をぜひ楽しんでもらいたい。」と答えてくれました!ご覧になる際には、セリフ&音楽を「音」として楽しむのも面白い見方かと思います!

 
次回のブログでも引き続き、棚川音楽の制作秘話をお届けします♪
演奏を担当する俳優さんに、気になるあんなコトやこんなコトを聞いてみました!
お楽しみに!!

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『マダム・ボルジア』
構成・演出:宮城聰
作:ヴィクトル・ユゴー
訳・翻案:芳野まい
音楽:棚川寛子
振付:太田垣悠
出演:SPAC

公演日時=5月2日(木・休)、3日(金・祝)、4日(土・祝)、5日(日・祝)各日18:45開演
会場=駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
上演時間=未定(120分以内) ※日本語上演/英語字幕
*詳細はコチラ
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2019年3月29日

『ふたりの女』#00 情報マガジン「百花壇」にインタビュー掲載

ふじのくに⇄せかい演劇祭2019の開幕まであと一ヶ月となりました。
開幕日となる4月27日と28日に野外劇場「有度」で上演する『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』は、2009年、2015年の演劇祭でも大入り満員を続けてきたSPACの”テッパン”演目。待望の再々演に、「待ってました!」の声を多くいただいています。
稽古はいよいよ4月1日から始まります。ブログ#01は稽古場からお届けしたいと思いますが、今回は本格始動に先立ち、出演俳優の掲載誌をご紹介します。

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静岡県内を中心に発行されている情報マガジン「百花壇」3・4月号に永井健二が登場しています。
『ふたりの女』で永井は、『源氏物語』の光源氏にあたる「光一」という役を初演から演じています。この日もスマートにインタビュー・撮影をこなし、取材陣からは「かっこいい!」との声が漏れていました。
そんな取材風景より。

インタビューは、陽光が差し込む舞台芸術公園「カチカチ山」で行われました。
この「カチカチ山」は、『ふたりの女』の公演日にはフェスティバルbarとなります(各日16:30~22:00)。観劇前の腹ごしらえや観劇後の語らいはぜひここで!
出演俳優や、演劇祭参加アーティストたちにも出会えるかもしれません。
また、普段は無料休憩所として一般開放されていますので、演劇祭期間以外でもぜひお立ち寄りください。

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つづく撮影は、『ふたりの女』の会場となる舞台芸術公園 野外劇場「有度」の客席で。カメラを向けられるとスッと俳優の顔に切り替わります。
このインタビューと写真が掲載されている「百花壇」3・4月号は、静岡芸術劇場、舞台芸術公園のラックに設置しています(無料配布)。お近くにお住まいの方は、ぜひお手にとってご覧下さい。
そのほかの設置場所はこちらからご確認いただけます。


チケットは好評発売中!どうぞお早めにご予約ください。

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『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』

演出:宮城聰
作:唐十郎
出演:SPAC/たきいみき、石井萠水、奥野晃士、春日井一平、木内琴子、武石守正、舘野百代、永井健二、三島景太、吉見亮、若宮羊市

公演日時=4/27(土)、28(日)各日18:00
会場=舞台芸術公園 野外劇場「有度」
上演時間=80分 ※日本語上演/英語字幕
*詳細はコチラ
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2019年3月27日

『マダム・ボルジア』ブログ2 〜講演会レポート〜

こんにちは。制作部の宮川です。

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」の開幕まで、あと5週間となりました。
3月15日から静岡芸術劇場内のリハーサル室では『マダム・ボルジア』の稽古が始まり、日々白熱したクリエーションが行われています!

稽古開始に先立つ3月9日(土)、〈イタリア・知識のサロン〉主催の公開講座「魅惑のSPAC新作野外劇『マダム・ボルジア』を楽しむための先行解説と文化講演」が行われました。
第2回目のブログでは公開講座の模様をお届けします♪

この日、受付前には「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」公式ポスターと『マダム・ボルジア』のメインビジュアルを飾って、皆さまをお迎えしました。
おかげ様で会場は満員御礼。

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公開講座が始まる前に30分ほどお時間を頂戴し、芸術総監督の宮城と芸術局長の成島が今年の演劇祭の上演作品や見どころを皆さまに紹介しました!

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上演作品を紹介したショートクリップを流した後、宮城がこれらの作品を招聘するに至った経緯や作品の概要を説明。
中でも宮城が熱く語ったのは、『歓喜の詩(うた)』で来日するイタリアの演出家、ピッポ・デルボーノさんについて。
ピッポさんの生い立ちや、彼が率いるカンパニーメンバーとの出会いや別れ、そしてこの『歓喜の詩』がピッポさんにとっても、メンバーにとっても集大成の作品になることなどをお話しました。

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「これは見逃せない演劇祭になりそうだ!!」と、会場は熱気と期待に包まれました。

演劇祭のラインナップ紹介のあとは、いよいよ公開講座がスタート!
第1部は宮城による「ヴィクトル・ユゴー原作『ルクレツィア・ボルジア』の魅力」、第2部は静岡県立大学名誉教授の立田洋司氏による「イタリアルネサンス期を駆け抜けたボルジア家とは」と題した、豪華な二部構成の解説講座でした。

ところで。
『マダム・ボルジア』とはいったいどのような物語なのでしょう?

『マダム・ボルジア』は、『レ・ミゼラブル』の作者としても有名なヴィクトル・ユゴーが書いた『ルクレツィア・ボルジア』という戯曲が原作です。
主人公のルクレツィア・ボルジアは、ルネサンス期のイタリアに実在した人物で、稀代の悪女として知られています。ローマ法王・アレッサンドロ6世を父に、そしてイタリア全土統一をもくろみヨーロッパ中を恐怖の渦に陥れたチェーザレ・ボルジアを兄に持ち、自身は類稀なる美貌の持ち主でした。男たちの陰謀、嫉妬…渦巻く憎悪に翻弄されながらも、激動の時代を生き抜いた女性として語られています。

日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、ヨーロッパではドニゼッティ作曲のオペラとしても人気のある作品だそうです。

それを今回SPACでは!!
宮城が物語の世界観を織田信長が生きた戦国時代後期の風俗や衣裳を重ねて、祝祭音楽が彩る痛快歴史スペクタクルとして立ち上げます!

公開講座の第1部では、宮城が自ら作品のあらすじや見どころを、本作出演のSPAC俳優・阿部一徳の朗読を交えて解説しました。

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宮城の解説のあとに阿部の朗読が続くことよって、臨場感溢れる作品の一場面が表現されました!

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第2部では、「イタリアルネサンス期を駆け抜けたボルジア家とは」と題して、静岡県立大学の立田洋司先生が悪名高い名家ボルジアについて、時代の特徴や社会背景を紐解きながら、細やかに解説しました。ボルジア家は頂点に君臨した期間は短かったものの、圧倒的な行動力と突出した存在感で歴史に名を刻んでいったそうです。

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スライドを巧みに使った分かりやすい解説と軽妙な話術で、会場からは時折「へえー!」と納得の声が所々からあがりました。

講演後、聴講した方からは「作品を見る前にこのような解説があると観劇の際の助けになるし、より期待が膨らみます!」といった声をいただき、お客様はもちろん私たちスタッフにとっても、とても有意義で豊かな時間になりました。

ご参加の皆様、またこのような貴重な機会をくださったイタリア知識サロンの皆様、本当にありがとうございました!
宮城×SPACの新作野外劇『マダム・ボルジア』。
皆さま、ぜひ楽しみに待っていてください!
SNSもどんどんアップしていく予定ですので、覗いていただけたら嬉しいです♪
SPAC Twitter / Facebook / Instagram

また、駿府城公園での野外作品のチケットは、ありがたいことに毎年完売御礼を頂いていますので、早めのご予約をオススメします!!
ぜひお見逃しなく!!

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『マダム・ボルジア』
構成・演出:宮城聰
作:ヴィクトル・ユゴー
訳・翻案:芳野まい
音楽:棚川寛子
振付:太田垣悠
出演:SPAC

公演日時=5月2日(木・休)、3日(金・祝)、4日(土・祝)、5日(日・祝)各日18:45開演
会場=駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
上演時間=未定(120分以内) ※日本語上演/英語字幕
*詳細はコチラ
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2019年3月21日

『マダム・ボルジア』ブログ1 〜メインビジュアルができるまで〜

こんにちは。制作部の雪岡です。

第1回目のブログでは、
SPAC新作野外劇『マダム・ボルジア』のメインビジュアルが出来上がるまで、
1月某日に行われた撮影現場レポートをお届けします!

当初、宮城によって打ち出されたビジュアルのコンセプトは、
「イタリア バロック期の画家・カラバッジョが描いた、陰影のある人物画のようなイメージ」でした。

というのも、この作品は「悪女が主役のお芝居」。
顔に光と陰を作ることで、悪女のイメージを押し出すことにしました。

さらに、演劇祭のフェスティバル感、野外劇のスペクタクル感、新作の期待感も添えるべく、
タイトルロールのルクレツィア・ボルジアにはお花をもっていただくことに。

ルクレツィアが生きたルネサンス期、群雄が割拠し、
権力闘争から人を殺めることも頻繁に起こった時代の「猥雑さ」や「栄枯盛衰」
といったイメージを喚起するようなフラワーアレンジにしては?というアイデアに辿り着きました。

そこで今回フラワーアレンジを依頼したのが、
静岡市葵区人宿町SOZOSYAキネマ館1Fにあるお花屋・TEN ROSEs (テンローズ)代表の河西和也さん。
撮影当日、みずみずしい生花に加えて、萎れたもの、枯れたもの、
いびつな形状のものを持ってきていただき、現場で花かご作りがスタート。

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さっそく、茎や葉がカットされ、土台が大胆に作られていきます。
河西さんは花屋で働きながら、ほとんど独学で生け花の知識と技術を習得されてきたそうです。
 
 
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ここで、ひと呼吸。「何か考えてるんですか?」と尋ねたら、
「栄枯盛衰・・・」と一言もらし、しばらく吟味。
 
 
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花びらを手でちぎったり、欠けたお花を混ぜる工夫も。
 
 
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ものの30〜40分で出来上がりました。
 
 
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ここで一度、写真家の加藤孝さんに、実際にカメラで撮ったときの写りぐあい、
色味などのチェックとアドバイスをいただき、その場で少しお花を差し替えて、完成!!
 
 
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と思ったら、そこからさらに、
撮影用のライトをあえて近くから当てて全体をなじませていくという技も。
 
 
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しばらくすると、でれーんと垂れ、花同士のちょっとした隙間が埋まっていき、
不思議と調和していきました。
 
 
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こちらは舞台芸術公園産の枯れたり、虫喰いのある草花。
撮影は一発勝負ということで、万全を期して、スタンバイさせておきましたが、
残念ながらフラワーアレンジメントでの出番はありませんでした!
押収された毒草のようで、撮影現場の雰囲気作りに貢献しました。

“毒”といえば、ボルジア家は”毒使い”としても知られ、即効性のあるものから
週・月単位でじわじわと身体を蝕んでいくタイプのものまで、
巧みに使い分け、暗殺などに用いられていたそうです。
ヴィクトル・ユゴーの原作『ルクレツィア・ボルジア』でも、この”毒”は
ルクレツィアと周りの人々の運命を狂わせてくアイテムとして登場しています。
 
 
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さて、衣裳・ヘアメイクの準備も整い、いよいよ撮影がスタート!
 
 
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プレーンな表情、凛とした表情、高飛車な表情、儚げな表情など、
カメラマンの加藤さんによって次々と撮られていき、写真を隣のパソコンで確認。
 
 
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撮り進めながら、構成・演出の宮城による最終チェックと微調整も。
そして、各分野のプロの技が結集し、出来上がった1枚がこちら!
 
 
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トレーラーも公開です!


 
 
どのような舞台に仕上がっていくのか、どうぞお楽しみに!
 
 
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『マダム・ボルジア』
構成・演出:宮城聰
作:ヴィクトル・ユゴー
訳・翻案:芳野まい
音楽:棚川寛子
振付:太田垣悠
出演:SPAC

公演日時=5月2日(木・休)、3日(金・祝)、4日(土・祝)、5日(日・祝)各日18:45開演
会場=駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
上演時間=未定(120分以内) ※日本語上演/英語字幕
*詳細はコチラ
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2019年3月14日

SPAC初!!『ふたりの女』多言語リーディング・カフェ 開催レポート☆

SPACの人気企画、「リーディング・カフェ」。
SPAC俳優による作品解説を聞きながら、お茶を片手に演劇の台本を声に出して読んでみる、という企画ですが、それをなんと今回は!
SPAC初のチャレンジとして “多言語” で開催しましたヽ(^o^)丿
今日は2月27日(水)に行われた第1回目の模様をレポートします♪

この日読んだのは、日本の現代演劇を代表する劇作家・唐十郎の名作 『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』。この戯曲は、『源氏物語』の光源氏と妻・葵上、生霊となった六条御息所の三角関係に、狂気と正気の境界を描くチェーホフの『六号室』を巧みに織り込んだ傑作です。

今回はその戯曲を日本語、英語、中国語、ベトナム語、モンゴル語の5カ国語で読む、という試みでした。

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さて、本企画。
どんな方が集まるか??と期待と不安が入り交じる中…
当日を迎えてみると、なんと16名の方々が集まってくださいました!

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う~ん、多国籍!!
日本人はもちろん、中国、ベトナム、モンゴル、インドネシア、ブラジル、そしてパプア・ニューギニアの方まで7カ国の方々がカフェ・シンデレラに集結し、さっそく自己紹介からスタート♪

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今回のナビゲーターは、俳優の奥野晃士さん。
『ふたりの女』には是光役で出演されていますよ♪

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奥野さんのリードでなごやかに、そして時に笑いも交えながら、良い雰囲気で自己紹介を終えると、みなさんお待ちかねの台本読みの時間です!
最初は各言語ごとに読んでいきました。

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モンゴル語など、なかなかじっくりと聞いたことのない言語もあったりで、皆で聞き入ってしまったり…

本読みの途中では、奥野さんから台本が描かれた当時の時代背景の解説があり、台本の内容と照らし合わせながら、読み深めました。
(この本では学生運動の熱気や興奮が描かれており、実際に当時を体験されたという参加者の方もいらっしゃいました。 )
また、出演俳優ならではの初演時の稽古エピソードなども交えながら、どんどん読み進めていきます!

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終盤には「自分が担当する役は、母国語で読む」という画期的な方法で挑戦しました!!
1つのシーンを日本語→ベトナム語→英語→モンゴル語→日本語……と様々な言語で語っていく様子がみられました^^
言葉はわからなくても、何となく通じ合っているかのような不思議な体験を味わっていただきました。

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初開催となった「多言語リーディング・カフェ」はとても素敵なひと時になりました。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました♪
今後も開催していきたいと思っています!ぜひ、ご期待ください^^

また、3月26日にはタリーズコーヒー 富士市中央公園店にて日本語のみのリーディング・カフェを行います♪
まだご予約可能ですので、ご興味のある方はぜひご参加ください!詳細はこちら

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今回読んだ『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』は、ゴールデンウィークに開催する「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」にて待望の再々演となります!
もちろん今回ナビゲーターを務めた奥野さんも出演いたします♪
野外劇場での迫力ある演技をぜひご体感ください!!人気作品ですので御予約はお早めに!

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『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』
演出:宮城聰 作:唐十郎
公演日時:4/27(土)18:00、4/28(日)18:00
会場:舞台芸術公園 野外劇場「有度」
上演時間:80分(日本語上演/英語字幕)
座席:全席自由
詳細はこちらのページをご覧ください↓
http://festival-shizuoka.jp/program/two-ladies/

2015年6月28日

シンポジウム:アングラ演劇は死なず! ―小劇場運動の50年―

4/29に行われましたシンポジウムの要約版です。
ぜひご一読ください!
☆連続シンポジウム、詳細はこちら

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オルタナティブ演劇大学
アングラ演劇は死なず! ―小劇場運動の50年―

◎登壇者
菅孝行(演劇評論家)
中島諒人(演出家・鳥の劇場主宰)
◎司会
大岡淳(演出家・劇作家・批評家/SPAC文芸部)

 2015年4月29日、舞台芸術公園稽古場棟「BOXシアター」でオルタナティブ演劇大学の4回目が開催された。60年代演劇の当事者でもあった評論家・菅孝行氏と、鳥取で地域と連携した活動を続ける演出家・中島諒人氏を迎え、1960年代に起こった演劇運動を振り返った。以下、抜粋である。

■不可避に運動的な場所から
大岡 今回は「小劇場運動の50年」という副題をつけました。演劇が運動であるということを聞いても、ピンと来ない時代になってしまいました。演劇をやること、つまり劇団に参加し、演出家や作家と支え合いながら作品をつくっていくことが、不可避的に、社会性や政治性を帯びて運動にもなる、ということが、今、演劇に携わる人からすると、どうもよくわからないところではないかと、勝手に忖度しています。運動としての演劇という観点から、まずは菅さんに語っていただきたいと思います。
 「アンダーグラウンド」と呼ばれる演劇が実際に世の中に登場したのは、60年代中頃です。担い手となる世代が、既存の演劇に違和感や不満や苛立ちを持つようになったのは、1960年頃です。寺山さんとか蜷川さんとかやや年長の方を別にすると、そのころ20歳ぐらいですね。私は、こだわりがあって「アングラ」といいません。「60年代演劇」と呼ぶことにします。アングラは侮蔑的他称だからということと、そう呼ぶと風俗と見なすことになると思うからです。「60年代演劇」は運動です。
運動って何でしょうか?目の前に、先立って存在している規範とか価値観に疑いを差し挟んで、壊そうとしたり、揺るがそうとしたり、関節を外そうとしたりして行う様々な試みでしょうかね。それはひとつのアクションと別の幾つかのアクションとの衝突から成り立つ。そこには流動的な関係が成立し変動する。ダイナミックな活動形態を伴う批評と言ってもいいかもしれません。何らかの主張がなければ絶対に運動は成立しない。先立つ演劇に対する強い違和感がなければ、別のものを作ろうとは思わない。師匠に弟子入りして一人前になればいい。そういう訳にはゆかないなあ、と感じたのは、私は割と早かったという自信があります。70年代、私は自分で集団を作って活動しましたが、私自身は芸術家としてモノになりませんでした。でも偉そうにしゃべっているのは、そのせいです。 
で、何がおかしいと思ったのか。新劇というのは、ロシアとかドイツとか、西欧を手本にして、歌舞伎などの近代以前からの芸能である「旧劇」に対抗して明治末期から始まった日本の近代演劇ですが、その新劇は、現実の写しを一生懸命やっている。戯曲はそのためのことばで書かれているし、演技も美術も照明も、その戯曲に書かれた言葉を、まるで横のものを縦にするように、舞台の上に写している。芸術としての構築物なのだから、現実から切断されていなければならない筈なのに、時間も空間も設定された世界も、全部現実の写しである戯曲をさらに写すというフレームワークの中に全て入ってしまっている。そのフレームワークこそ新劇の方法だと思った。文学座とか芸術至上主義系のグループもあったですが、主流は、俳優座とか民藝とか新協とか、社会矛盾を衝いて批判することを主題とする左翼的演劇です。社会矛盾は確かにあるし、それには腹立つけれども、演劇として別のやり方はないのか、という苛立ちが強かった。きっと既存の演劇を支えている方法の裏づけている思想、歴史観、哲学、そういうもの全体に対する苛立ちでもあったに違いありません。その全体をひっくり返さないと、新しい演劇は生まれないのではないかという思いが強かったです。
大岡 菅さんのご紹介を補足します。学生時代に演劇をおやりになっていて、卒業されてから、『死せる「芸術」=「新劇」に寄す』というマニフェストをお書きになりました。俳優座の演出家・千田是也を仮想敵にした激烈な批判です。この時は、「アングラ演劇」「60年代演劇」という言い方はされていない。演劇評論家・扇田昭彦氏から見れば、思想的にアングラを切り開いた画期は、菅さんの『死せる「芸術」=「新劇」に寄す』ではないかという歴史的評価があります。70年代に入ってから、不連続線という劇団の活動に入っていかれました。現在も演劇批評を、政治や社会の批評と並行してやっておられます。
 『死せる「芸術」=「新劇」に寄す』を書いたのは62年です。別役実さんの『象』は書かれていましたが、世に知られていない。いわゆる「60年代演劇」はまだ全く表に出てない時期です。『試行』という雑誌に62年の暮れに掲載され、本になったのは67年。撮影所務めをしていたこの5年のうちに、私は運動の場から少し取り残されて、「60年代演劇」の中心的な担い手たちは先を走っていました。
「60年代演劇」は、運動ではあったけれども、必ずしも政治的な演劇をやっていたわけではありません。どちらかと言えば、先行世代の人たちが政治的な演劇をやっていたので、違った方法、というだけでなく違ったテーマ、違った造形を、という意識が強かったのでしょう。政治劇という意味では、黒テントの『ブランキ殺し上海の春』(佐藤信作)は政治劇だと思いますけど、ストレートな政治劇はそんなにたくさんはないんです。
時代とか歴史とかとの関係意識のありかたとしては、日米安保条約改訂と三井三池争議の渦中にあった60年に<目覚め>ちゃったという意味ではもちろん政治と無関係ではない。1960年は、今ではもう夢物語みたいなことですけれども、日米安全保障条約なしで非戦非武装、という社会党の路線がまだリアリティを持っていました。60年の安保条約改訂に対する反対闘争があり、毎日、十何万人が国会を取り囲むような状況でした。演劇で別の選択をしようという決断は、政治での別の選択―それは保守派のした選択と違うという反政府・反体制という意味であると同時に、反体制の主流の立場と違う選択という意味、つまりは広義の「新左翼」という意味―があるのではないか、という直観によって、新しい演劇運動が促されていた面があると思います。
忘れてはいけないのは、三井三池の炭鉱争議です。エネルギー革命で、石炭を石油に切り替えて文明化しよう、と政府も大企業も大々的に近代化へ舵を切った。この動きの中で、野垂れ死にするのを拒む炭鉱労働者の闘争の最後のピークが60年ころです。60年安保闘争のピークが60年6月、三井三池闘争のピークが7月から8月でした。
こうした事態に、意地でも無関心というスタンスを貫こうとしたのが鈴木忠志だったと思います。でもそれは、いわばパラドックスで、鈴木忠志とか別役実とか言った人たちは、共産党系の先輩が制圧していた早稲田大学の自由舞台という学生劇団のリーダーシップをひっくり返して、劇団の理念や演目や流儀を一変させた。別役さんとは、新島のミサイル基地建設反対運動を一緒にやったこともありますし、翌年の1961年、運動は停滞していましたが、政治的暴力取締法反対、とかいって連日小さいけどデモはあるわけですよ。で、国会前に行くと鈴木さんたちに会うんです。リーダーたるもの、劇団活動としてデモの先頭にも立たなくてはならなかったんでしょう。彼は、三島由紀夫や福田恒存や小林秀雄で教養を積んだ人ですから、中心的な問題関心は、当時の政治闘争とは関係ない筈なんだけど、国会前で会うわけです。60年代演劇がその初心において運動だったというのはそういうことだと思ってもらえればいい。一つの立場を選ぶと、そうではない立場とぶつかり合う。そうすることによって自己形成をせざるをえない。そういう渦の中で演劇を始めた。そういう意味で、60年代演劇の原点は、運動的にならざるをえなかった。

■前近代の表象をめぐって
中島 60年代演劇の前史について質問があります。戦後の新劇があって、劇作家・田中千禾夫さんなどもそこにいらっしゃいました。60年代演劇が始まる前の、新劇の側からの60年代前史になる動きとしては、どういうことがあったんですか?
 敗戦直後に書かれた『雲の涯』とか1960年代中ごろの『自由少年』とか、田中千禾夫さんの戯曲は、結果的に、「アングラ」と呼ばれる演劇の方法や問題意識とつながっているところがあると思います。すでに演劇のプロの端くれになっていた若い人たちの中で、新劇の内側から新劇は嫌だと宣言する人たちが出てきた。そういう発想の手掛かりのひとつに千禾夫さんのことばとか方法があったのではないでしょうか。
しかし、前史として一番典型的なのは、青年芸術劇場だと思います。特別劇団員に劇作家の福田善之さん、演出家の観世栄夫さんがおられた。中心メンバーは米倉斉加年、岡村春彦など劇団民藝の養成所三期生です。民藝に決別宣言をして劇団をつくり、試演会をやった後、若き日の福田さんや宮本研さんの作品で劇団活動を始めた。安保闘争のデモは皆勤だった劇団です。新劇主流からは警戒されたし、新劇界の批評家たちの評判は悪かった。運動的にはそこが新劇内反新劇の起点、「60年代演劇」の前史、ないし前史の前史になると思います。福田さんと私の「共作」である『ブルースをうたえ』を上演した自由劇場という、もともと共産党系だった若手の劇団もありました。もう一つ、1960年に寺山修司さんが『血は立ったまま眠っている』を書かれています。これを上演したのが劇団四季です。 
反新劇という意味では、四季の浅利慶太さんのほうが「60年代演劇」より先ですね。三田文学の1955年12月号に「演劇の回復のために」という既成新劇打倒宣言の文章を書かれています。今の劇団四季を見ると、「どこが?」と思われるでしょうけど、出発点は、ラシーヌのアレクサンドランとか、フランスの文語的演劇を規範にして、朗誦的な詩劇を日本の演劇の中につくりたいという目的意識で集まった劇団でした。慶応と東大の学生劇団です。それがリアリズム批判を始めた。私は初期の四季のファンでした。ところが、60年代に四季は化けます。アメリカのブロードウェイ・ミュージカルを基軸にする訳です。60年代の四季はもう表現者としては敵だなという感じですが、50年代に劇団四季と浅利さんの果たした役割は大きいし、何らかの意味で、60年代演劇の導きの糸になっているところがあるかもしれないと思います。ほかにも個別に見れば、劇作家の秋元松代さんとか色々いますね。私は、代表人格としての千田是也さんを標的に新劇に喧嘩を売ったんですが、新劇の中では、実は千田さんが一番、戦後新劇の矮小なリアリズムではダメだということをわかっていた人だったんだと、恥ずかしながら後になってわかった。
大岡 千田さんは、本当はメイエルホリド(ソ連の俳優、演出家。スタニスラフスキーの写実主義に対抗し様式性や身体性を重視した)のこともよくわかっていたし、ブレヒト(ドイツの劇作家。「感動」より「思考」を促す演劇を志向した)のことも日本で一番早く注目した人だった。浅利慶太の場合、スタニスラフスキー(ソ連の演出家。モスクワ芸術座を設立。リアリズムの旗手であり、その方法論は世界中に広まる)以来の系譜が日本の新劇の主流になったことに対する反発があるわけですよね。フランス古典からさらにさかのぼって古代ギリシアという西洋演劇の正統に行く。オーソドキシーはむしろこっちなんだと主張したわけですね。
 フランスの劇作家ジャン・アヌイが占領下のパリで『アンチゴーヌ』を上演した。ソフォクレスを翻案した芝居です。これにサルトルが「沈黙の共和国」で言及した。ナチスへの抵抗劇だとして広く感動を呼んだという事実もあって、浅利さんたちの共感はそれとも無縁ではなかったわけです。
大岡 前近代的な表象を取り入れるという意味では、劇作家・木下順二の民話劇も、アングラの前史ということになるかもしれません。
 木下順二さんはなかなかものだと私も思いますけど、同時代の風潮からすると、反米愛国を唱えていた共産党の文化論の中に日本の伝統の再発見というテーマがあるんです。反米愛国闘争には、民族の伝統から財産を掘り起こさなければいけないという考え方です。
大岡 木下順二の場合、戦前から民話研究をやっていましたしね。
 ええ。ご本人には別のコンテクストがあった。でも『夕鶴』が大評判になって労演(全国に組織された勤労者演劇協議会の略称。現在の演鑑の前身。)などでどんどん上演される時は、木下さんの意思とは無縁に共産党の文化運動を木下さんの作品が担った、というよじれがあったと思います。日本的な近代に対して疑いを投げかける民話劇を作ったという歴史的な意義はあると思いますけど、同世代の感覚からすれば、どっちかというとあっち側の人という感じでした。尤も、福田善之さんの師匠だという認識はありましたが・・・。
中島 前近代的な姿。土方巽さん(舞踏家。暗黒舞踏の創始者。60年代演劇に多大な影響を与える)もそうですが、ああいったものが、当時、どういう風に捉えられていたのか興味があります。例えば、「演劇を民衆のものに」といった時に、木下順二さんの文脈の中で民話劇が出てくるのはわかるのですが、でも、前衛的な感覚で言えば、否定すべきものでもあるわけじゃないですか。土方さんが東北に根差して、「俺の子どもの頃はこんな風だったんだよ」と言った時に、身体、衣装などに前近代的なあり方が出てくることに関しては異議を差し挟む余地はないんだけれども、色んな形で、貧しい農村の貧しい身体のありようが出てくると。そういうことが、確かに反近代になる、戦後の教条的な民主主義への反発になるということはわかるけれども、だからと言って、そこに行くのかという違和感はなかったですか?
 もう少し話は複雑だという気がします。農民の貧しい身体というのだけれど、日常性に穴をあける衝撃的異形であれば、土方さんは何でもよかったんではないですか。そうであれば運動になる。寺山修司さんは津軽に強いこだわりがありますが、本質はウルトラモダニストだよね。絶対に前近代が好きな人ではないですよ。フレームワークとして定着した日本的近代の<制度>を壊そうとしたときに、ウルトラ近代へ行こうというエネルギーと、後ろ側へ戻ろうというエネルギーと、彼の中で綱引きしている。鈴木忠志さんは、前近代的なイメージを喚起してジャーナリスティックに話題を呼んだけれども、あの人の頭の中にあるのは前近代ではない。確かに世阿弥が彼の理論にも入り込んでいるけれど、前近代回帰なんて考えてないでしょう?「60年代演劇」という運動は、到達しえていない別の近代と、失われてしまった近代以前と、両方の幻想や表徴に依拠することによって、今ここにある制度的な感性や制度を打ち破りたいと考えただけのことではないかと思います。

■持続の方法を見つける
中島 アングラ演劇を社会運動として見た場合、なかなか捉えようが難しくて、いかんせん、東京一極集中だったという問題点があると思うんです。大学進学率が昭和40年代頃からもの凄い勢いで上がっていき、都市に大学生という若者が出てくる。歴史的に振り返っても、新しい社会層が、新しい自由を手に入れた時に、その自由をどう扱うかという中で、おもしろい演劇が生まれてくることがあると思います。60年代では、自由でそれなりにお金もある学生たちを前提にしながら、そういう人たちが層をなし得たのは、事実上、東京という場所しかなかった。アングラ演劇はそういう場所の運動で、しかも敵を見つける時は結集しやすいけれども、多くの社会運動がそうであるように、敵がいなくなった時、急に先が見えずに収縮していく。社会運動として激しさはあったんだけれども、その先に対して影響を与えることができなかったのではないかと思います。私は鳥取で活動していて、2006年に始めた頃に、先行世代はなんて仕事をしなかったんだろうかと思いました。こんなに仕事をしないって、先行世代、どういうことだ? と。要するに、60年代演劇は東京一極集中だから地方では何もできなかった。一方で、地方で活動していたのは、労演などの演劇鑑賞会の人たち。つまり新劇系の人たちが地方でネットワークをつくってやっていたんだけれども、本当の意味で演劇をおもしろいと思い、それを通じて人間や社会が変わっていく可能性を提示することがほぼできていない。所詮、演劇は一部の愛好家のものという状況をつくることしかできていなかった。わかってはいたけれども、あらためて愕然としたところがあります。それを思うのは、鈴木忠志さんの活動が参照項としてあったからです。唯一、鈴木さんの活動が、富山県の利賀村という場所で集団を維持し、継続的に社会とコミュニケーションをしている。事実上、そういう活動は利賀村しかなかったのではないかと。私自身も、鈴木さんの前例がなければ、鳥取での活動を考えなかっただろうし、あるいは、受け入れる側も、ちょっと変わったコミューンだろうくらいの受け入れ方で、意味合いをわかってくれる人はいなかったのではないかと思います。社会には、演劇は趣味にすぎないという感覚しかなかった。タレントになることが演劇の社会化なんだろうと揶揄されるくらいのものです。劇場人として演劇人として専門家としての俳優や舞台技術者のありようが全くつくられてこなかったことが、アングラ演劇の活動を捉える上で、私としては非常に残念に感じました。
 「60年代演劇」の最大の欠陥は、維新派とか例外はあるけれど、ほぼ東京地域限定だったことです。当然それは歴史的な制約なんですが、皮肉なのは、新劇も、観客組織のレベルで言うと全国に広がっているけれども、地域のそこここに表現者が立ち上がってくるという風にならなかった。そういう意味ではやっぱり東京中心の流儀なんですよ。共通のマイナス要素を抱えている。鈴木忠志さんから聞いた話なんですが、亡くなった演出家の渡辺浩子さん(劇団民藝に所属し、後に新国立劇場の演劇部門初代芸術監督となる)は鈴木さんの自由舞台の先輩に当たりますが、鈴木さんたちがプロとして劇団を始めようとした時、渡辺さんが鈴木さんたちに「あなた方はよき観客になりなさい」と説教したらしい。
大岡 渡辺さんは、その頃、もう民藝にいらした?
 若手演出家として『ゴドーを待ちながら』を民藝で演出する前後でしょうね。「観客になりなさい」というのは労演の組織化と絡めて言っているわけでしょう。新劇もそれなりに運動として頑張っていたんだけど、未来世代を観客にする、地方も観客にする、表現者は自分たちだという特権意識は抜けない。じゃあ「60年代演劇」にそれに替るものがあったか。黒テントの全盛期は、かなりの全国展開の組織力を示したけれど、彼らの公有地闘争も頓挫する。新劇へのアンチで突出した時は滅茶苦茶エネルギーがあった。でも、利賀と静岡を拠点に出来た鈴木忠志を除いて、皆、継続的な組織力はないんです。
「60年代演劇」も始まりの時から50年以上経ちますから、なるべく客観化して考えないといけない。最大のマイナスは東京にしか根づけなかったことでしょう。芸術表現で言うと、演劇が運動であるならば、己は何者かという眼差しを己の外に作り出して、表象しなくてはいけない。つまり他者を表象しなくてはいけない。しかし、「60年代演劇」は、観客に向かって「俺はお化けだぞ」「俺は他者だぞ」って脅して歩いたけれども、「俺たちにとってのお化けとは何か」を、つまり、他者を表象できなかった。これはほとんど演劇評論家の佐伯隆幸さんの我流の受け売りです。そこが大きな限界だった。評論家の武井昭夫さんに「運動的でない」と批判される眼目は、別に労演みたいな組織を作らなかったことではなくて、そこだったんじゃないですか。
中島 それは非常によくわかります。日本だと制度がない。周りを威嚇することでしか自分を守れないという状態にどうしてもなっちゃうんです。この間、SPAC芸術総監督の宮城さんがおっしゃってたんですが、表現は、凄く不安で孤独なことで、自分だけが社会の中の居場所を持てないと感じる。ぼくなんかも居場所がないとか特殊なことをしているといった、変な自意識でもあると思いますが、そう思っちゃうところがあるんです。そういう時に、日本だと、河原者だと居直るか、高等な芸術だと言い張るか、両極端に触れるしか、自分の守り方がないという状況が続いてしまった。
 近代主義でやると高級な知的芸術。打倒する側は河原者を演じる。
中島 そこのところで、集団性を持続できたかどうかが、うまく社会に対する回路をひらいていくために重要だったという面があるのではないかと思います。
 運動としてはそうでしょうね。さっき、「俺はお化けだぞ」って脅したと言いましたが、怖い「お化け」はいっぱいつくったよね。麿赤兒(俳優、舞踏家。唐十郎の状況劇場に参加の後、舞踏集団大駱駝艦を主宰)だって怖かったし、四谷シモン(人形作家。状況劇場に参加)だって大久保鷹(状況劇場の俳優)だって怖かった。唐十郎(劇作家、俳優、演出家。状況劇場を主宰)も白石加代子(女優。鈴木忠志の早稲田小劇場に参加)も怖かった。そういう表象が持つ運動的な意味は絶対あったと思うんだけど、<異形>の意味を開いて通じさせないと運動としてはまずかったんじゃないか。いくつかの例外を除くと、うまくいかなかったという気が、つくづくします。芸術性のレベルでそうだったということと、運動論、組織論のレベルとパラレルな感じがします。

2015年4月29日 舞台芸術公園 稽古場棟「BOXシアター」にて
構成:西川泰功