本作は複雑な多重構造をなしている。
筋からしてそうだ。武石守正演じる家出息子クランドールを探す父親プリダマンに扮する大高浩一が、魔術師アルカンドルの元を訪れ息子の波乱万丈の人生をまるで観客のように観る「現在」。劇中劇的な息子の波乱万丈、紆余曲折、絶体絶命の危機を迎えながらも切り抜ける「過去の現実」。息子が恋の野心のため非業の死を遂げたと思われたラストの場面は「過去の現実」の続きではなく、役者に職替えをした彼らが演じていた芝居でした、と言うまさかの劇中劇中劇オチの 「別の地点の現在」もある。
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秋→春のシーズン2015-2016■入選■【黒蜥蜴】下田実さん
「悪徳」のよろめき
緑川夫人は右手を軽く腰に当て、ストゥールを載せた左手をそっと差し出して、早苗に語りかける。まるで絵画か彫刻のよう……と思ったら、クラーナハの絵画「アダムとイブ」を思い出した。イブが知恵の実を差し出してアダムを誘惑するように、夫人は早苗を外の世界に誘う。(ただし、後で確認したらクラーナハのイブは右手にリンゴを載せていたけれど。)それから、もうひとつ、ミロのヴィーナスに手がついたらこんな感じかもしれないとも思った。考えてみるまでもなく、誘惑者と美神の混在はこの劇の持っている「不安定」にぴったりだ。
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秋→春のシーズン2015-2016■入選■【黒蜥蜴】伊豆の元康さん
黒蜥蜴の主題は、死とは何か。他でもない三島由紀夫の作品だけにこの問いは重い。私はいつもより少し早めに劇場に入り、気持ちを整えて観劇に臨んだ。死を考えることは、自らが何者かを知ることであり、よりよく生きること。自らの仕事にいつ終止符を打ち、どのように人生を終えるか。こうした問いは書籍や映画で何度も突きつけられてはきたが、生身の人間の演劇だと、より鋭利に突き刺さってくる。誰の人生にも、それなりに山もあり谷もある。多くの人が惜しまれて職場を去ることを望むが、現実の生活を考えるとままならない。惜しまれて人生を終えることを夢見る人は多いが、自ら死を選ぶことは許されず、逆に長く生きるリスクを考えねばならない時代になった。そもそも、己は何者で、己にしかできないことなどあるのか。私も、いつの間にか人生の折り返しの年齢を迎え、終わりから今を考えるようになった。答えは自分で出すしかないのだ。
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秋→春のシーズン2015-2016■入選■【黒蜥蜴】福井保久さん
三島由紀夫の死生観を感じる演劇でした。
死生観とは「どう自分は生きるのか」の結果が死で、その生き様の元になるのは「人はどうやって、誰に愛を与えるのか」です。
黒蜥蜴は女としては生きていけない、黒蜥蜴としてしか生きられない女でした。
けれど情念の女でもありました。
人生でただ一度、明智の前で女としての喜びの一瞬がありました。
女として生きたのはあの時だけで、それが黒蜥蜴に死を選択させるのですが、彼女には死に値することだったのです。
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秋→春のシーズン2015-2016■入選■【ロミオとジュリエット】小長谷建夫さん
運命の黒枠に縁どられた未熟な恋
十四歳、いや十四歳にはまだ二週間足らぬ少女と、十六歳の少年の恋。ロミオもジュリエットも今から思えばずいぶん早熟だ。
尤も、平均寿命の極めて短く、死が常に身近にある時代と現代を簡単には比較できない。といって、二人の恋が成熟した恋として認められるものだったというわけでもない。
シェイクスピアにすれば、見せたかったのは子供の火遊びを一歩越えたくらいの若者の恋の危うさだったろうから、初演当時の観客にとってもこの二人は若すぎて目の離せない存在と認識されたことに間違いはあるまい。
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秋→春のシーズン2015-2016■選評■ SPAC文芸部 大岡淳
今回は応募数も多く、力の入った内容の投稿が多かったです。これは一つには、我々が提供した演目の多くが、「何も考えずに楽しめる」というよりは、むしろ「感覚や思考を刺激される」タイプの演劇だったからでしょうし、また同時に、このような挑戦的な演目に対して、「受けて立とう」という気持ちになって下さったお客様が多数おられたからでしょう。そのようなお客様の存在に我々がどれほど励まされるかは言葉には尽くせませんし、また、そのようなお客様に支えていただいていることを誇らしく思います。これからも、皆さんの期待に応えうる、質の高い活動を継続していきたいと肝に銘じた次第です。改めて御礼申し上げます。御観劇・御投稿ありがとうございました。
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秋→春のシーズン2015-2016■選評■ SPAC文芸部 横山義志
多くの劇評をお寄せいただき、本当にありがとうございました!
今回劇評を読ませていただいて、まず何よりうれしかったのは、作品を観て自分の世界観が変わった、自分の人生を見つめなおす機会になった、あるいは生きるうえでの指針を得た、といった内容のものが多かったことです。2015秋→2016春のシーズンで上演された作品は、社会的問題よりも、どちらかというと一人一人の人生に関わる問題を中心に扱ったものが多かったためもあるのでしょう。直接に教訓を与えるような作品は全くないにも関わらず、作品を通じて、ふだんゆっくり考える機会のないことに向かい合い、ご自身で思索を深めて、何かしらの回答を導き出していらっしゃるものがほとんどでした。劇場で働いていてよかった、と実感しました。
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2016年2月13日
ふじのくに⇔せかい演劇祭2015 劇評コンクール
ふじのくに⇔せかい演劇祭2015の劇評コンクールの結果を発表いたします。
応募数は39作品、最優秀賞1作品、優秀賞2作品、入選9作品です。
たくさんのご応募をいただき誠にありがとうございました。
(お名前をクリックすると投稿いただいた劇評に飛びます。)
■最優秀賞■
西史夏さん(『小町風伝』)
■優秀賞■
樫田那美紀さん(『メフィストと呼ばれた男』)
森麻奈美さん(『盲点たち』)
■入選■
井出聖喜さん【「觀」という体験】(『觀 〜すべてのものに捧げるおどり〜』)
澤口さやかさん(『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』)
鈴木麻里さん【魂の垢すりエステ】(『觀 〜すべてのものに捧げるおどり〜』)
須藤千尋さん【欲望と私 ――人形という存在から――】(『聖★腹話術学園』)
西史夏さん(『例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする』)
西史夏さん(『ベイルートでゴドーを待ちながら』)
番場寛さん【『天使バビロンに来たる』と『メフィストと呼ばれた男』を観ながら別の劇のことを想う】(『メフィストと呼ばれた男』・『天使バビロンに来たる』)
番場寛さん【宮城聰のオルタナティブとしての『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』 】(『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』)
横山也寸志さん(『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』)
ふじのくに⇔せかい演劇祭2015 作品一覧
『メフィストと呼ばれた男』(演出:宮城聰 作:トム・ラノワ)
『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』(演出:宮城聰 作:唐十郎)
『天使バビロンに来たる』(構成・演出:中島諒人 鳥の劇場)
『盲点たち』(演出:ダニエル・ジャンヌトー 作:モーリス・メーテルリンク)
『觀 〜すべてのものに捧げるおどり〜』(芸術総監督・振付:林麗珍 無垢舞蹈劇場)
『小町風伝』(演出:李潤澤 作:太田省吾)
『例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする』(演出:大東翼、鈴木一郎太、西尾佳織)
『ベイルートでゴドーを待ちながら』(作・演出:イサーム・ブーハーレド、ファーディー・アビーサムラー)
『聖★腹話術学園』(演出:ジャン=ミシェル・ドープ 作:アレハンドロ・ホドロフスキー)
■講評■ SPAC文芸部 大澤真幸
今回から、コンクールの形式をとったためか、投稿された劇評の本数が多く、そして質もこれまでになく高かった。SPAC文芸部員として、このことをうれしく思う。観劇し、劇評を投稿してくださった皆さんに、お礼申しあげたい。
投稿された劇評の傾向としては、次の二点の特徴が挙げられる。 続きを読む »
■講評■ SPAC文芸部 大岡淳
今回寄せられた劇評はいずれもレベルが高く、(1)舞台上の表象を含めて作品の内容を読者に紹介し、(2)独自の視点で評価を下すという劇評の基本は、大半の投稿がクリアしていたと思います。ただ、(1)の紹介に多くの字数を割いてしまい、(2)の批評が手薄になってしまった投稿が多かったことが気になりました。作品を介して何かを言い当てようとしているのだが、もうひとつ手が届かない感じを、なんとか乗り越えていただきたいというのが、全体的な印象です。 続きを読む »